この世界では、
皆が皆何かにすがりついて生きている。
それがたとえ異質な存在であろうと、
私たちはすがらなければ生きていけない。
「天使ナンバー3107110、話がある」
「…あ、あぇ、っ、はい!」
いきなり名前を呼ばれた私は、変に裏返った声で返事をしてしまいました。
「…すみません。
サリエル様…どのような御用件でしょうか…?」
数秒で落ち着きを取り戻し、再度彼女に向かって尋ねたのですが、サリエル様はゴミでも見るような目をするのでありました。
サリエル様はまるで死神のような能力をもっています。
そのため、「堕天使」などという悪名を付けられたほど。
しかし、彼女はれっきとした大天使様でありました。
サリエル様が近付いただけで感じる月のような神聖なオーラは、同じ天使である私ですら圧倒されるほどで、
彼女が堕天使であるわけがないのです。
────私とは、違って。
──ああ、拝啓、神様。
どうして、私はこんな出来損ないに生まれてしまったのでしょうか。
どうして、貴方様を信仰することができないのでしょうか。
「んで、結局サリエル様の話も聞いてないわけだ、3107110」
「……はい」
「愚図だねえ」
「はは、全くもってその通りです」
「はあーっ、どうしてなかなかアンタはもう」
「本人の前で嘆かないでくださいよ」
「嘆きたくもなるよ、アンタは天使としての能力は高いのに、生まれながらにして素質がなってない」
「はは、厳しい意見ありがとうございます笑」
「……」
「───アンタは、
本当にこのままでいいのかい?」
上司の天使は私の顔をいつになく真剣に覗き込みました。
「…っ、
仕方ないじゃないですか!私はもうっ…」
「ん?どうした?まさか天界を降りるなんて言わないだろうねえ?」
間髪を入れずに私の心の傷を正確に撃ち抜く上司さん。
……痛い。
「そ……そんなことは」
ありません、と答えた声が掠れて、
私はうつむき溜め息をつきました。
上司さんが「しっかりしなよ」と私の肩を軽く叩いて、
その、叩かれた肩が、痛い。
頭が痛い。心臓が、全てが。
創世神様を信仰する天使としてのマナー。
《いつも笑顔》
あはは、これじゃ、逃げられない。
「───あは」
「ありがとうございます」
信仰心が皆と比べて薄い。
生まれながらにしてそうでした。
神への信心がまるでなっていませんでした。
すると神とは不思議なもので、信仰心が強ければ強いほど、天界での立場も力も強くなり、
逆に弱ければ、儚く散ってしまいそうです。
私は、周りに比べて、劣っている。
───間違っている。
気付いてからは、姿を現わしもしない神に
祈り、願い、信じ、
必死に「信仰のようなもの」を始めたのですが、
私に神を崇拝しようという気が最初から無かったので、全くもって意味を為しませんでした。
ああ、今日も駄目だった。
───次の休日、何ヶ月後でしたっけ。
決行するなら、その日にしましょう。
瞳の金色なんて、
信仰心の代わりに差し上げても構わない。
ただ、私は、
堕天、したいだけなのです。
ざわざわ、ざわざわ。
喧騒、音楽、自動車、───人間。
人間、人間、人間。
ここは────
あー……そうでした。私、
「やっ……やっと…
やっとあの世界から抜け出しましt(((
(因みに即死レベルの衝突事故)
「痛っ……、なんですか!?」
慌てて辺りを見回すと、騒然とした雰囲気でした。
白い箱のようなものを操縦していた初老の紳士が必死に私に手を差し伸べています。
その顔は、まるで幽霊でも見ているかのように青ざめていました。
「……?」
その手を借りて立ち上がり、
ぱたぱたと羽ばたいて翼の安否を確かめ
ん?
そうでした。
この姿を人間に見られたらそれは騒がれるに決まっていますよね。常識です。
それに、もうひとつ騒がれる原因がありました。
私の頭からは真紅の血が滴って、顔がとてもホラーになっていました。
右目に何か不快な感触を感じます。
それに、やはりやっていました。
翼が…翼が!!変!!!
「……こ、これは」
「こすぷれ?です!!多分!!」
「え?こ、コスプレ…?
でも、あなた、怪我は」
「お……お気になさらず!」
私は都会の上空によろめく羽で飛び去っていきました。
うーむ、全く私に相応しい始まり方で安心しました。
飛びながら、私は次の目的地を思いました。
北九州市小倉北区ゥ!!
先輩が言っていた「リバーウォーク」とはここですか。
リバーウォークなので、「川が歩く」でしょうか。
それとも、「歩く川」でしょうか。
とりあえず天界で身に付けていた服は汚れてしまったので何か服を買いたいですね。
あ……これなんか如何でしょう!?
黒スーツ!
ブラック企業の方々が着てるアレですよね!
これにしましょう!!
うわっ、水が…水が飛んでいきますよ!?
なんですかこれは……え、噴水?
噴水って西洋にあるものじゃないの…?
凄い。
わわ、クレープ屋さんがありますね!
これも先輩から教わりましたよ!
おすすめはマヨネーズとツナのやつでしたっけ。
とりあえず買いましょう。
買いました。
「んぅぐえっ……」
…マヨネーズ全国発売中止でお願いします。
ハトがいますね。
飛びにくそうな頭体をしていますよね、この方々。
もっとこう、ずんぐりではなく、飛ぶなら下にスマートに……
あ、え?ハトの餌?
……買います。
えへへ……可愛い……。
…………
………
…
遊びすぎました。
辺りはとても暗く、近場の公園の時計を見るとちょうど真夜中の12時になるところでした。
休まなければ…。
羽もだいぶ使いましたし。
これがほんとの羽やすm(((
しばらくふらふらと飛んでいると、こじんまりとした森が目の前に現れました。
何故かその森の奥に、「居場所」がある気がしました。
私は翼をたたんでゆっくりとか歩き出しました。
───その、夜の森の神秘に向かって。
結論から言うなら、何か特別なものがあったわけではありませんでした。
ただ、月の光が射し込む空間に、
大きな木が立ちはだかっているだけ。
そうそう、トロロの一場面にありそうな…。
「私はしばらくここにいるとしますか」
本当はこの下界をもう少し回りたかったのですが、
私にはもう縛るものはない。
明日にでも回れる……。
そう考えて、ふわりと柔らかい地面に寝そべり、
羽衣のように羽にくるまりました。
私は久々の深い眠りに落ちていきました…。
目が覚めた時には、今度は月光ではなく、
朝の麗らかな陽射しが私の体を撫でていました。
「……朝、ですか」
昨日の交通事故でできた傷はもう全て塞がり、
逆に治療に自然に使われた神力の効果で、
怪我の部位の調子がすこぶる良いという矛盾が発生しています。
「……堕天使、ですかぁ」
はあ、と溜め息をつきましたが、やはり心は軽いままでした。
あの世界で出来損ないとして生きるぐらいなら、
堕天使になったって構わない。
私は首を巡らせ、立ち上がって伸びをしました。
───お昼まで何をしましょうか。
「えーーーっt…」
そんなことを考える間もなく私の空間認知フィールドに異変が現れました。
空間認知フィールドとは何かって?
気配斬りの時に役立つ第六感の範囲のことです。
これ、授業で習いますよ。
(……誰かが…来ている?)
いやいやいやいやこういう時は平静を装って天使らしく、神々しく!もっと堂々と!相手はどうせ無力で非力で馬鹿な人間なん
です
から……
え──────
「……なんで、ここにおるん?」
そう、訝しげに訊く彼は間違いなく、死神でありました。
《天使は他の種族に心中を悟られてはならない》
「…堕天したから、ですよ」
私は内心の動揺を隠しながら彼を見つめ返し、答えました。
その死神は、
黒いフードを目深に被り、
目には日光を無機質に映した気だるげな光を、
ぼんやりと灯しているのでした。
そういえば何かを持っていますね。
瓶…?それも、色付きの水が入った…。
ふと、私は県内の「地獄巡り」を思い出しました。
……駄目ですよ!?温泉のお湯を盗ったら!
なんて考えながら、彼の表情を見ると、
私を凝視して固まっているではありませんか。
「……?あ、あの?」
なぜ黙っているんですか…何処かでお会いしましたっけ…いやそんなことは…。
「っあ!すみません…!」
急に改まった口調になって、
彼は、跪かんばかりに頭を垂れました。
「いえ、別に大丈夫ですよ」
な、何なんですかこの変化は。
そういえば綺麗な顔立ち……
フード…外してくださらないかな…。
一瞬変なことを考えてしまいました、
危ない危ない。
「あなた様のお名前は?」
また、彼が訊きます。名前…──名前。
名前、は。
「3107110」と言いかけて、その天使ナンバーの数字を言葉に変換しました。
3…ミッ…10…ド…7、ナ…1、イ…10…ト。
「ミッドナイト、です」
日本語で、「真夜中」。
偶然、天使ナンバーがほとんど綺麗に当てはまっていました。
やはり、皆と違う世界でしか生きられない私には相応しい名前です。
目の前で豹変した彼は、「ミッドナイト様」と何度も小声で呟いているようにも見えました。
「……あ、あの、それで貴方の名m」
コミュ障って辛いですね。
「ミッドナイト様、私はあなたを信仰する教徒になります」
「え?は、はあ…え??(ガチ困惑)」
死神が……。
天使、
しかも堕天使である私を信仰対象に選んだ……?
「ミッドナイト様」
また、名前を呼ばれました。
…もう私に本心を隠すような余裕はありませんでした。
「あっ、はい。なんですか?」
「また逢える日を魂より待ち望んでいます。
───それではさようなら」
「え?あの、はい??(ガチガチ困惑)」
彼はあっという間に飛び立ち、
森を越えて空の彼方に飛び去っていってしまいました。
「な……」
死神は何かを信仰する強い意思がなければ、力を暴走させて仕事が上手くいかないそうです。
その為、死神は閻魔や神様などを信仰対象とし、心を安定させている、…と。
───彼もまた、
そんな事が過去にあったのでしょうか?
堕天使の落ちこぼれである私を信仰して、
果たして本当にいいのでしょうか?
そう思いかけて、首を振りました。
「…私が気にすることではありませんでしたね」
天使と死神は本当によく似ています。
何かを信仰していないと、その世界で「普通」に生きることもままならない。
なんて愚かで儚く、等しく愛しい存在なのでしょう。
私はまだ名も知らぬ死神の姿に、
そっと祈りの言葉を贈りました。
「貴方に神の御加護があらんことを」
この世界では、
皆が皆何かにすがりついて生きている。
それがたとえ異質な存在であろうと、
私たちはすがらなければ、
……すがらなければ、
壊れてしまう生き物なのです。
怜夜さん、頑張りましたよ褒めてくだs(((
コメント
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死神と言われて一瞬脳裏によぎりましたが違うと思ったら、そうでした(?) 本当に言葉のセンスが神ですね。
やっぱ怜だったなw