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「アスカさんの彼ですか?」
バイト君に聞かれた。雨君はフィッティングルーム横の椅子に座って待っていてくれている。
「うん。そんなところ」
「そんなと・こ・ろ?微妙なんですか?」
「微妙では無いんだけどね・・・」
中身だけ別人格なんです。とは言い辛くて、なんとなく濁した。
バイト君は18歳の男の子。中卒のネカフェ難民で、街中を彷徨っている所を店長に保護?スカウト?されて、働き始めて3ヶ月になる。名前は秘密、と教えてくれない。耳に大量のリング状のピアスを付けているので、ルーズリーフのルー君と呼ばれている。
彼は手癖が悪い。よくレジのお金を盗む。店長は、別に注意しなくて良いよ、と言うのだが、どうにも放っておけない。みんなが頑張ってお店を運営して得た売上を、黙って持って行かれるなんて我慢がならない。私だけでも見付けたらキチンと注意してあげたいと思うのは、おかしな事では無いと思う。
そして今も、レジ上げの作業を見守りつつ、すぐ横で無駄に書類の整理とかしている。そんな中、ルー君は私が真横にいるにも関わらず、数えたお札を何枚か抜き取ってポケットに突っ込もうとした。コラコラ・・・
私はルー君の手の甲をペシッと叩いた。
「悪い子」
「アハ、見つかった」
反省した様子も無くお札を戻した。
「アスカさんだけには見つかっちゃうな」
他の人にも見つかってますよ。ただ、見て見ぬ振りをしてくれているだけだよ。
私は、そう思ったけども、言わなかった。
全ての現金をバッグに入れて施錠するのを見届けると、ようやく私は肩の力を抜いた。
「嬉しいもんですね」
用の無くなった書類を整えていた私にルー君は言った。
「こんな俺でも、見守ってくれる人がいるっていうのは」
そう言って楽しそうに笑う。
・・・見守っているのは、ルー君じゃ無くてお金なんだけどなぁ。
「終わった?」
横から声が降ってくる。いつの間にか雨君が側に来ていて声を掛けたのだ。見上げると、私じゃなくてルー君を見ていた。
ルー君が面食らったように固まる。
「終わり、マシタ」
小さな声で答えるルー君。それを聞いて、雨君は私の手首を掴んだ。
「なら帰ろ。具合悪いの無理して出てるんだから、早く帰って休まないと」
そう言って私を引っ張る。
「雨君、私大丈夫だよ?それにまだルー君慣れてないから一緒にお店閉めてあげなきゃ」
雨君の顔が怖い。朝私が整えた眉と髪が格好良くて、いつもより2割り増し位で怖い。
「あっと、俺大丈夫ですよ。1人で閉められますから。アスカさん上がって下さい」
引き攣った顔でそう言うルー君。
「ほら、行くぞ」
ルー君のその言葉を聞いて、雨君は更に私を引っ張った。
「分かったから。待って、荷物」
私は雨君の手を解いて控室に急いで荷物を取りに行った。そして、売場に戻ると、何故か雨君がルー君の胸倉を掴んでいる。
「わー、ちょっとちょっと何?どうしたの?」
私は、慌てて2人の間に入り、雨君の手をルー君から離して距離を取らせた。2人は睨み合っている。
「アスカ帰るぞ」
雨君はそう言って、私の肩を抱いて出口へと向かう。
「う、うん・・・」
私はぎこちなく頷いた。そしてルー君を振り返る。
「ルー君、お先に・・・」
ずっと雨君を睨んでいたルー君は、私の声に視線を移してニッコリ笑った。
「お疲れ様です、アスカさん。また明日!」
ご機嫌な明るい声で私を送り出してくれた。可愛く手を振りながら。
私も、返すように手を振った。すると、雨君にグッと強く肩を抱かれて引っ張られる。転びそうになって、雨君に抱き着いて堪えた。
「ちょっと、危ないよ」
訴えた私を無視。そして私の荷物を奪うようにして持ってくれる。無言のまま、早足で店を出た。
「ねえ、ねえったら。どうしたの?何で怒ってるの?」
引き摺られる様に暫く歩いてから、私はそう聞いた。
すると、雨君は立ち止まって私を振り返る。
「君ね、分かって無いみたいだから言うけど、狙われてんだよ。あのガキに」
「・・・はい?」
雨君の言葉に、私は頭の上にはてなマークが点滅する思いだった。
「どうして分かんねーのかが分かんねーよ。バカなの?鈍過ぎるよ。隙が有り過ぎだよ」
そう言って、スタスタと私の家に向かって歩き出す雨君。私は慌てて追い掛けながら言った。
「何言ってるの?そんな訳無いよ。だって、ルー君は私に雨君って彼が居るの知ってるんだよ?」
「人の物だろうが気にしねー奴も居んだよ。人の物の方が欲しくなる面倒くせー奴もな。どっちかっつーと後者だな、アレは。面倒くせー顔してた」
私は小走りに雨君に駆け寄って袖を引っ張った。
「ちょっとスーパー」
言ってスーパーに入る。雨君も着いて来てくれた。カゴを取りながら雨君に言う。
「そもそもルー君は18だよ?私の方が4つも年上なのに」
カゴに玉葱を放り込む。冷蔵庫の中にある野菜を思い浮かべながらメニューを考えた。
「そんな童顔のクセによく言うな。全然守備範囲だろうよ」
「もう、さっきから酷い事しか言ってないって自覚してる?」
通路をどんどん進みながら、豚肉とロールパン、牛乳とプレーンヨーグルトをカゴに入れた。
「口が悪いのは最初からだ。文句言うな」
最後に冷えた缶ビールを2本取ってレジで支払いを済ませる。
「酷い口ですね」
そう言いながらカゴを台に置いて、着いて来た雨君の持っている私の荷物からエコバッグを取り出し、買った荷物を詰め込む。すると、横で見てるだけの雨君が言った。
「とにかく、あのガキと2人きりになるな」
言い捨てて、荷物の詰まったエコバッグを持って早足でスーパーを出る。
ムカッとしながら、私は後について小走りで家に向かった。