テラーノベル
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どんなに沈んでいたって朝は平等にやってくる。
愛猫の声が聞こえて、意識がのぼる。
俺が起き上がるのを今か今かと待ちながら何度も鳴く声に愛おしさを感じ、ベッドから這い上がる。
器にカラカラとキャットフードを盛り、どうぞ〜と声を掛けて彼らの目の前に差し出す。
家で朝を過ごせる日はちゃんと自分の手で用意したい。夜は機械に頼ってしまうことが多いけれど、朝自宅で目覚めることができる日は、絶対に欠かさないようにしようと決めている。この子達と俺が暮らす上での大切な日課なのだ。
今日はラビットの収録の日。
いつもなら、涼太と同じ現場だということがすごく嬉しくて気持ちが逸るのに、今日はどんな顔をして彼に会えば良いのかわからなくて、少し足がすくんでしまう。
しかし、穴を開けることは絶対にしたくない。
気を奮い立たせて、朝のシャワーを浴びた。
昨日と同じようにタクシーに乗り、ゼリー飲料を口に含みながらSNSを開く。
涼太とのアクシデントにより、ぐちゃぐちゃな頭で投稿した昨日の詩にも、いつもと変わらず肯定的なコメントが多く寄せられていて安心する。
男の俺がこんな詩を書いてるって知ったら、読んでくれてる人はびっくりするだろうな、なんてひとりごちながら、駆け抜けていく風景を眺める。
ぼーっとしている間にスタジオに到着したようで、料金を支払って降車した。
用意していただいた楽屋に入り、荷物を置く。
まだ涼太が来ていないことに、少し安堵してしまった自分をぶん殴ってやりたかった。
俺が到着してから5分ほど経った後で、楽屋のドアが開き、涼太がやってきた。
俺は、意を決して口を開いた。
「っ、、お、、ぉはようっ……りょうた……。」
いつものように声が掛けられない。
「、ぁ…、、お、おはよ……………。」
それは涼太も同じだった。
二人で蚊の鳴くような声で挨拶を交わす。
地獄のような沈黙が続いた。
…だめだ。耐えられない。
静かな空間は苦手なのだ。それに、謝るって決めたんだから、ちゃんと言わないと。逃げるな、佐久間。
俺は、拳を強く握り締めて涼太に向かって深く深く頭を下げた。
「涼太!!!! 昨日は本当にごめん!!! 俺、マジでほんとに涼太に酷いことした。ほんとにごめん!!!!」
「ぁぇ…」
怖くて頭を上げられない。涼太は困っているような、苦しそうな、そんな声を上げた。
殴られてもいい、罵られたっていい。
それでも涼太のことを想って取った行動だったことだけは伝えたくて、言い訳に聞こえてしまっても構わないと、俺は涼太に頭頂部を晒したまま話し続けた。
「信じてもらえないかもしんないけど、悪気とかそういうの全くなくて、ただ、ほんとに泣かないで欲しくて、涼太に元気になって欲しくて、、、。でも、俺バカだからやり方わかんなくて、気づいたら体が勝手に動いてた。ほんとにごめん!!!」
涼太は、何も言わず、ただじっと俺の話を聞いてくれていた。
長い長い沈黙の後、涼太の息を吸う音が聞こえる。
「…さくま、、顔上げて?」
優しくて、透明で、あったかくて、包み込まれるような、そんな声を涼太が出すもんだから、泣いてしまいそうだった。
「っ…」
涼太に許されるがまま、恐る恐る姿勢を戻し、顔色を窺うように覗き込む。
涼太は、悲しそうに笑っていた。
「謝らないといけないのは、むしろ俺の方。ごめんね。」
「な、なんで涼太が謝るの!涼太に酷いことしたのは俺だよ!?」
「ううん、そもそも、俺が急に泣いたりなんかしたから困らせちゃったよね。それに、びっくりして急に出て行っちゃったのも。こちらこそごめんね。」
そう言って、涼太は寂しそうに、苦しそうに、小さくにこりと笑った。
痛い。心が痛い。
涼太が、今何を思ってそんな顔をしているのか、わかりそうでわからなくて、苦しい。
教えて欲しいけれど、涼太はきっとそれを分けてはくれないのだろう。
そう思うと、もっと寂しくなった。
「ほら、今日ご一緒するみなさんに挨拶しに行こう?」
話も空気も変えようと、涼太は一人楽屋のドアを出ようとしていた。
そんな彼に、俺は小さく「うん」と答えるだけで精一杯だった。
守りたいのに守り方がわからない。
悲しませたくないのに、涼太が悲しんでいる理由もわからなくて。
何かを諦めているみたいに寂しそうに笑う。
その表情を見ると、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
ずっと涼太だけを見てきたはずなのに、どうしたらいいのかわからない。
思いだけじゃ助けられない。
俺じゃ役不足なのかな。
どこかに吐き出したくて、共演させていただく方の楽屋へ向かっている間にスマホを開いて、また投稿した。
君の声音に陽の温み
揺れて 包まれ 溶けていく
君の心に薔薇の華
触れて 掴んで 抱き締めて
荊棘刺され この指で
君の 悲しみ 解かせて
挨拶回りも終え、収録前の打ち合わせの時間になった。
涼太と二人並んで、スタッフさんからの説明を聞く。
内容は主に、今日紹介されるグルメや観光スポット、涼太が作る料理のメニューや進行時間の配分などについてだった。
大体の説明を聞き終わったところで、スタッフさんから最後に、読書の時期ということで、少し視点を変えて、最近SNSで話題になっている詩の特集をテーマにした時間があると説明された。
俺も詩を書くけれど、俺と同じようにSNSでそういう活動をしている人は他にもいるんだなー、などと親近感を沸かせていたが、資料に書かれたものを読んだ瞬間、飲んでいたお茶を吹き出した。
「ッげっほ、!! ッえ!?」
何度も読んだが、間違いなくその詩は俺が書いたもので、アイコンとハンドルネームは俺が使用しているものだった。
おかしいおかしい。確かに肯定的に読んでくれる方は増えてきてはいたが、バズるほどの数ではないのだ。こんなメディアで取り上げられるわけはない。なぜだ。
…おいおい、、スタッフさん、コアなところ攻めすぎだろ……。
バレるか、いや、匿名でやってるし、バレないはず…。大丈夫、大丈夫。
今は俺が書いたやつじゃないってことにしておこう。うん。そうしよう。
「…ま、、さくま、、佐久間!」
「んヒャい!?」
「大丈夫?? ティッシュいる??」
涼太に声をかけられ、思わず変な声が出る。
あまりにも驚きが強すぎて周りのことなんて気にしていなかった。
心配そうに俺を見つめて、ティッシュを1枚差し出す涼太がすごくかわいい。…って違う、そうじゃない。
ありがと、と受け取り口元を拭きながら、ひとまず平然装う作戦だけ立てておこうと気持ちを切り替えた。
もう一度机に向き直った涼太は、俺が書いた詩のいくつかが載った資料を熱心に読んでいた。
本番が始まり、楽しく収録を進めていく。
ここまでは順調だ。
最後の最後にでかい爆弾が控えている。その詩の紹介をして今日の内容は佳境に入っていくそうで、いつも以上に気が抜けなかった。
いざ爆弾投下の時間。
こうして全国ネットで、自分がこれまでに書いてきた涼太への痛々しい想いが晒される日が来るとは思っていなかった。今日ほどどこかへ隠れたいと思った日はない。
DMで許可取りとかなかったの…?と、特集に感心しているフリをして、スタッフさんへ恨みがましい思いを馳せていると、ぼんやりと記憶が蘇ってきた。
あれは、確か、撮影の打ち上げで飲み会に参加した日だ。
珍しく気分が高揚して、飲めないくせにいつもよりは多めにお酒を飲んだ日だった。
お世話になっている方へお礼の連絡などをしたり、友人とのやりとりに返信をしている時、見覚えのあるロゴマークのアイコンから番組で取り上げたいという旨の連絡も来ていたのだ。
よく回らない頭で、佐久間大介としての何かエピソード的なものでも取り上げてくれるのかにゃ〜なんて考えて、安直に快諾してしまったことを思い出した。
…まさかラビットだったとは……。
反省。
酒は飲んでも呑まれるな。
ご丁寧にハンドルネームと街の人たちの感想まで盛り込んでくれている。もうええてぇ!!!!俺ほんとに恥ずかしくて死んじゃう!!!
映像は終わり、メイン画面がスタジオに戻ると、川島さんが切り出す。
「えー、なんとこの方ですね、つい先ほども投稿をしてくださっていたようで、こちら、出来立てのもの、ご紹介いたします。」
…は?
いや、ダメだって、マジで、ほんとに、ねぇ、ってあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
こんな時に生放送というものの弊害を感じるとは思わなかった。
それは、俺がつい先ほど、涼太へのやるせない想いを吐き出したくて投稿したものだった。
詩の中に薔薇を入れたのも、涼太を想っての表現だった。
涼太は薔薇が本当によく似合うから。
だがしかし、薔薇に関連づけて涼太にコメント求めるのやめて川島さん。無理だって、なにこの状況。なんで俺、好きな人に向けてコソコソ書いてたもの全国ネットでぶちまけられて、なんで当人から感想聞くっていう拷問受けてんの????
涼太はまっすぐな目をして答える。
「とても素敵ですね。なんというか、この方に好きな人がいて書いていらっしゃるのであれば、その人のことを本当に愛しているんだなってことが伝わってきます。それに、薔薇を入れるのは大変良いと思います。」
そうだよ、、、。ほんとにだいすきだよ。何年も前から愛してんだよ。怖くて伝えられないけど、涼太だけがずっとずっとすきだよ。
今すぐそう伝えられたらいいのにな。
俺のメランコリックな気持ちとは裏腹に、みんなの会話は盛り上がっていく。負けじと空っぽの頭で“佐久間大介“にしがみつき、笑って叫んで、ヤケクソだった。
「やっぱ薔薇はポイント高いんだね笑」
「はい、僕の国には欠かせないものですから」
涼太のコメントに和やかな空気が流れ、みんな笑顔で幸せそうだった。
こういう空気を一瞬で作ってしまうのは流石と言わざるを得ない。
一生分の恥ずかしい思いをしながらも、無事に収録を終え楽屋に戻る。
今度は涼太も一緒に。もうはぐれないように。
楽屋に戻ってからというもの、涼太はずっとスマホと睨めっこをしていた。何か調べ物でもしているのか、気になったが不躾に聞くのもどうかと思い、そのままにしておいた。
午後からはYoutubeの撮影があるので、涼太と一緒にスタジオを後にし、タクシーで目的地まで向かった。
その間も、涼太はずっとスマホに夢中だった。
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