テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
そしてあっという間に季節が過ぎ、もうじき本格的な春の訪れがあろうかという頃。
フィールズ公爵邸のホールでは、今日の卒業パーティーのために正装したユージーンが、同じく美しく着飾った妹を絶賛していた。
「ルー、いつも天使のように愛らしいけれど、今日の大人っぽい装いもよく似合っていて素敵だよ」
そしてベタ褒めするユージーンを、他の家族の誰一人として止めようとしない。
「ルー姉様、本当にお綺麗です……。ぼくもルー姉様と一緒に卒業パーティーに参加できたらいいのに……!」
「ああ、ルシンダは何でも着こなしてしまうのね。そのネックレスと髪飾りも完璧だわ。イヤリングはこっちもいいかもしれないわね。こんなに可愛らしいと、また新しいドレスを買ってあげたくなっちゃう……」
「よし、買おう。先日見せてもらった新作ドレスはすべて買ってしまおう。ドレスに合わせてアクセサリーや靴も必要だから、それもあるだけ買おう」
弟のジュリアンはうっとりと頬を染め、母のアニエスはルシンダを着飾らせることに夢中で、父のベルトランは執事に買い物の指示を出している。
「あの、お父様、ドレスやアクセサリーはたくさんあるので、もう十分ですから……。お母様も、そろそろ出掛けないと遅れてしまうのでその辺で……。ジュリアン、私も一緒に参加したかったわ」
一人ひとりに声を掛けてなだめたルシンダに、ユージーンが片手を差し出す。
「ではルー、馬車までエスコートしよう」
「ふふっ。はい、お願いします」
家族に見送られ、ユージーンと一緒に馬車に乗り込む。ふかふかの座席に腰を下ろすと、馬車が静かに動き出した。
「お兄ちゃんも、とうとう卒業かぁ……」
ルシンダが感慨深げに呟く。
「どうした? 寂しいのか?」
「うーん、寂しい……のかも。これから学園ではお兄ちゃんに会えなくなるんだと思うと残念だし。今は屋敷で会えるからいいけど……。あ、でももしかするとお仕事が忙しくなって、なかなか家に帰れないこともあるのかな?」
「ああ、まあ忙しいときはあるだろうけど、余程のことでなければ僕は絶対に毎日帰宅するよ。ルシンダがいるのに帰れないなんてストレスで死んでしまうからね」
「もう、お兄ちゃんってば」
ユージーンは卒業後、王宮の文官として働くことが決まっている。本人曰く、王宮の人間たちにルシンダが利用されないか心配だから、王宮で勤務しながら牽制しつつ、ゆくゆくは宰相あたりにのぼりつめてルシンダの保護体制を固めたいのだとか。
動機がおかしい気はするけれど、自分のためというのは嬉しいし、ユージーンなら妹の贔屓目なしでも優秀で素晴らしい宰相になれると思う。
「あ……そういえば、クリス先輩も卒業したら王宮で働くの?」
今思い出したような体で聞いてみたが、実はずっと気になっていた。クリスは卒業後、どうするつもりなのだろうか。
たしかずっと前に、王宮で他国との折衝など、外交の仕事をしてみたいと言っていたはずだ。だから、きっとクリスも王宮の文官として働くのだろうと思ったのだが、ユージーンの返事はルシンダの予想と少し違っていた。
「あれ、ルシンダはまだ聞いてないのか?」
「えっ?」
ルシンダが驚いて聞き返す。まだ聞いてないとは、どういうことだろう。逆に、ユージーンはもう話を聞いて知っているということなのだろうか。
怪訝そうに眉を寄せるルシンダを見て、ユージーンが冷や汗を流す。
「えーと……てっきりルーももう聞いているものだと思ってたんだけど、その様子だとまだみたいだな」
「……お兄ちゃんは聞いてるの?」
「僕は、まあ……そうだな」
「私にも教えてほしい」
不満げな顔でねだるルシンダに、ユージーンは少しためらいつつも首を横に振った。
「いや、これは本人から聞いたほうがいいだろう。もしかすると、今日のパーティーで話すつもりだったのかもしれないし」
「そうなのかな……。住む場所が変わってから全然顔を合わせることがなくなっちゃったし、今日だって卒業生の人は忙しそうだから話す暇なんてないかも……」
不安そうにうつむくルシンダの手をユージーンが励ますように撫でる。
「大丈夫だ。あいつがルーに何も言わない訳がない。きっとタイミングを見て話そうとしてるんだろう。信じて待ってみよう」
「……うん、そうだね」
そうして、今度はルシンダが三年生に進級した後のことや、暖かくなったら家族そろってピクニックに行こうなどと話しているうちに、パーティー会場に到着した。
卒業生であるユージーンとは一旦別れ、一人でホールに入ると、華やかに着飾った在校生たちでいっぱいだった。
室内の装飾も美しく、あちこちに色とりどりの花が飾られ、お祝いの雰囲気に満ちている。
「ルシンダ! ここにいたのね」
窓際でぼーっとしていると、ミアが声を掛けてきた。隣にはアーロンとエリアスもいる。
「ルシンダ、今日は大人の装いで一段と美しいですね。月影が人の姿をとったら、きっとルシンダのような姿になるのでしょうね」
相変わらず褒め言葉がロマンチックなアーロンを、エリアスが引いた目で一瞥する。
「アーロンって本当に”王子様”だよね。……それにしても、そういう格好をすると、ずいぶん大人びて見えるね。一瞬、ルシンダ嬢って分からなかったよ」
「ありがとうございます。母が今日はせっかくだから、いつもと雰囲気を変えるといいんじゃないかって選んでくれて……」
「はは、叔父様も叔母様もすっかりルシンダを溺愛しているらしいですね」
「溺愛なんてことは……。でも、とても可愛がってくださって、愛されてるなって感じます。本当に、毎日幸せです」
少し照れながら答えると、ミアが急にぽろぽろと大粒の涙をこぼして泣き始めた。
「うっ……ルシンダ、よかったわね……! ううっ、ぐすっ……」
「ミア……」
ミアはきっと、前世でも今世でも両親運のなかったルシンダが、ようやく愛情深い父母に恵まれたことを喜んでくれているのだろう。
ひとの幸せを涙を流して喜んでくれる友人なんて、きっとそうはいない。ミアの友情にルシンダも胸がいっぱいになる。二人で手を取って泣きあっていると、近くから戸惑ったような声が聞こえてきた。
「おい、二人ともどうして泣いてるんだ……?」
「まだ卒業生も登場してないが……」
ライルとサミュエルがぎょっとした様子で尋ねる。
たしかにミアはハンカチで鼻をかんでいるし、明らかに泣きすぎで驚くのも無理はない。
とても話せる状態ではないミアとルシンダに代わって、アーロンが答えてくれた。
「どうやら二人で友情を温めているところのようだよ」
「友情?」
「ああ、ミア嬢はルシンダの幸せが嬉しくて。ルシンダはミア嬢の気持ちが嬉しくて、思いが涙になって溢れてしまったみたいだ」
ライルがなるほど、と呟いてポケットからハンカチを取り出す。
「ルシンダ、これで涙を拭くといい。あまり泣きすぎると、お前の兄上の晴れ姿が涙で見えなくなってしまうぞ」
「ライル……ありがとうございます」
綺麗に折り畳まれたハンカチで涙を拭くと、ライルがほっとしたように微笑んだ。
「……ねえ、またこの男は美味しいところを一人でかっさらっていくんだけど」
「彼は少し自重を覚えるべきですね……」
エリアスとアーロンがライルに羨ましげな目を向ける。
互いに、この後どうやってルシンダの気を引こうかと考えていると、背後に気配を感じて二人は揃って振り返った。
「レイ先生」
「お前たちは、どこにいても本当に目立つな」
腰に手を当て、呆れたようにそう言うレイは、自分も生徒たちの注目を集めていることに気づいていない。
卒業パーティーに相応しいシックな装いで、普段の学園でのカジュアル寄りな格好とのギャップにやられた女子生徒たちが熱い視線を送っている。
「もうすぐ卒業生たちが入場するから、移動したほうがいいぞ」
「あっ、もうそんなタイミング……」
「今年はユージーンとクリスの卒業だろ? しっかり祝ってやれ」
「はいっ!」
レイからぽんと肩を叩かれ、ルシンダは大きくうなずく。
やがて卒業生の入場を告げる鐘が鳴り、ホール中央の大きな扉が開いた。