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本日の主役である卒業生たちが、扉から次々に入場してくる。ユージーンの姿も見えた。


「あっ、ユージーン様……!」

「今年でもうご卒業だなんて……」

「今この瞬間をしっかりと網膜に焼きつけるわ……!」


ひそひそとお喋りしている下級生の女子たちが微笑ましい。あんなに妹が大好きな兄だが、女子人気は高いようだ。


(でも、それもそうだよね。今日のお兄ちゃんは素敵だもの!)


普段の制服も似合っているが、やはり主役らしく着飾ったユージーンはいつもの何倍もオーラがあって格好いい。

ユージーンに目線を送ると、兄も気づいてくれて笑いかけてくれた。今の笑顔で先ほどのユージーンファンが気を失いかけたが、何とか耐えてほしい。


そうこうしていると、また別の女子グループがざわつき始めた。


「ねえ、クリス様よ!」

「本当だわ! あの憂いを秘めた表情が素敵……」


どうやらクリスも入場してきたらしい。ルシンダは慌てて入場の列を確認する。


(……あ、いた!)


綺麗な銀髪が目に入ってすぐに分かった。長身でスタイルもいいので、濃いブルーの衣装がよく映えている。

ずっと無表情のまま通り過ぎて行ったが、一瞬、ルシンダのほうを見てくれた気がする。


(あとでお話できるといいんだけど……)


新しい家族ができて、みんなから大事にしてもらって、毎日がとても楽しい。

けれど、クリスとの距離が遠くなってしまったのは寂しかった。もう何か月もまともに話していない。


クリスが伯爵位を継いだり、卒業を控えていたりで多忙だろうと思い、遠慮していたところはあった。でも、そうやって関わるのを控えているうちに、だんだん自分からは話しかけづらく感じるようになってしまった。


邪魔になったらよくない、鬱陶しく思われたらどうしよう、何て話しかけたらいいんだろう。そんなことを考えてしまい、以前のように気軽に声をかけることができない。


ルシンダがランカスター家の養女で、クリスと家族だった頃は、ここまで気兼ねせずに話せたのに。

もう家族ではないのだと思うと、接し方が分からなくなってしまう。


(……でも、卒業の日くらいは勇気を出して話してみよう。おめでとうってお祝いしてあげたいもの)


その後、卒業生たちが全員そろって挨拶を終え、懇親の時間が始まった。みんなで料理を食べたり、飲み物を片手にお喋りを楽しむ。

ルシンダはクリスと話すなら今だと思うものの、友人たちからひっきりなしに話しかけられ、なかなか抜け出せない。そのうち、ホールにピアノやバイオリンの美しい調べが流れ始めた。


「ルシンダ、ダンスの時間よ!」


ミアがダンスの時間を知らせてくれ、アーロンたちの視線が急に集まったように感じる。でも、今はダンスよりもクリスにお祝いを言いに行かなければ。


「えっと、私、その前にお手洗いに行ってくるね……!」


適当に言い訳をしてみんなの輪から抜け出す。

クリスはどこだろうと、きょろきょろ辺りを見回していると、遠くからの視線を感じてルシンダは顔を向けた。


「クリス先輩……」


ちゃんと目が合ったのに、クリスはなぜかルシンダに背を向けて、ホールを出て行ってしまう。


「あっ、待って……!」


遠ざかっていくクリスを見失わないように追いかける。

なかなか縮まらない距離をもどかしく思いながらも後を追っていくと、広い庭園の中にある噴水の前でやっと追いついた。

追いついたというよりも、クリスが待っていてくれたと言ったほうが正しいかもしれないが。


「……ルシンダ、久しぶりだな。今日の格好、とても綺麗だ」

「あ、ありがとうございます……。えっと、クリス先輩も素敵です」


久しぶりの会話なのと、ドレス姿を褒められたことで照れながら返事をすれば、なぜかクリスは可笑そうに笑った。


「……どうして笑うんですか?」

「すまない、ルシンダから”先輩”と呼ばれるのが慣れなくて」


そう言ってまた笑う。でも、仕方ない。自分でもクリスを「先輩」と呼ぶのは未だに妙な感じがするのだから。


「……いっそ、”先輩”も付けないほうがいいんじゃないか?」

「えっ、先輩も付けないって、つまり……」

「クリス、と呼べばいい」


クリスの提案に、ルシンダは思わず固まる。


「ええと、でも年上なのに呼び捨ては……」

「昔はレイ先生のことを呼び捨てにしてたのに?」


少し言い訳をしてみたら、すぐ言い負かされてしまった。


「た、たしかに。でもちょっと急には恥ずかしいというか……」

「アーロン殿下とライルだって、呼び捨てにしてるんだろう? 僕のことだって気にせず呼べばいい。──ルシンダに、呼んでほしいんだ」


クリスの美しい水色の瞳が、真っ直ぐにルシンダを見つめる。

その目に、こいねがうような切実さが見えた気がして、ルシンダはクリスと見つめ合ったまま、小さく声を出した。


「……クリス」

「もう一度」

「クリス」


何度か名前を呼ぶと、クリスは満足したように笑った。

ルシンダもつられて笑う。呼び捨てで名前を呼んだせいか、クリスとの距離が縮まったような気がして嬉しくなる。


「そうだ。クリス、ご卒業おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。長いようで、あっという間だったな」


クリスが感慨深そうに言う。


「でも、楽しかった。……やりたかったことも上手くいったし」


やりたかったことと言うのはよく分からないけれど、充実した学園生活だったようで、ルシンダも安心する。


「そういえば、クリスは卒業後どうするんですか? 文官を目指すんだと思っていたんですけど、違うんですか?」


ずっと聞きたかったことを尋ねてみる。

クリスはこの質問を予想していたように笑ってうなずくと、穏やかな声で答えた。


「ああ、ルシンダ。文官にはならない。卒業したら、僕は……ロア王国に行く」


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