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「と、トワイライト?」
バクンッと大きく心臓が跳ねる。
目の前に現われた、天使のような少女を見て、私は指先すら動かないぐらいからだが硬直していた。
何度も画面越しに見てきた少女、なんなら紙媒体でも見たことがある……何て思いつつ、まさか本当に画面越しに見た少女が目の前に現われるなんて思ってもいなかった。私が『エトワール』でなければどれほど喜んでいたことか。だが、今の私には喜ぶという感情を忘れて、顔面から感情が抜け落ちるようだった。
(な、何で、何で、トワイライトが、本物の聖女が、ヒロインがここにいるの!)
私は、パニックと行き場のない感情に振り回され口が動かなかった。何か言わないといけないのに、いや、まず挨拶を返さないといけない立場なのに声が出なかった。かすかにでるのは擦れた母音ぐらいだろうか。
先ほどから自分の心臓の音が嫌と言うほど大きく聞えた。それぐらい、私は焦っているのだ、今の状況に。
「え、えっと……驚かせてしまいましたか」
と、目の前の少女、トワイライトはおずっと困り眉で私を見てきた。それから首を傾げて苦笑いを浮べる。そんな彼女の声で我に返った私は、いけないとようやく解凍された喉から言葉を絞った。
「は、初めまして。トワイライトさん。遠路はるばるよくお越し下さいました……で、あってるのかな」
そう私が言えば、トワイライトはきょとんとした表情を浮べた後、くすりと口元に手をやって笑った。その仕草は絵に描いたようなヒロインで、愛嬌があっって本当に天使、いや女神のようだった。
(ああ、本当にヒロインだ。どこからどう見ても)
一プレイヤーとして感情移入しながら、自分だって思いながら見てきたキャラクターが、ヒロインが目の前にいるという奇跡に感動しつつも、私は苦笑いを浮べることしか出来なかった。それもかなり引きつった笑顔で、周りから見たらどん引きだろうと。私と彼女じゃ比べものにならないだろうから。
自分がエトワールになった時の衝撃や悲しみを遙かに上回る悲しみが私にドッと押し寄せてきていた。前に聞いた悪役に戻る時間とはこのことだったのだろうか。
(ははっ……ほんと、最悪)
乾いた笑いは心の中でグッと飲みこんで、私はメイドや騎士達の方を見た。メイド達はまだ私のことを理解してくれているようだったが、騎士達はいつものように私を下に見ている感じで、敬意も何も感じられない。まあ、すぐに状況は変わらないし、聖女という肩書きがあるだけで、この間は皇太子を危険にさらしてしまったのだから。
私は、よく知っている。
グランツに剣術を教えて貰っているときにちらりと聞えた騎士達の私に対する怒りと憐れみの声。彼らは私を魔女か何かと思っているのか、皇太子をたぶらかした女といっていた。周りから見ればそうなのだろうが、私は一切そんなことしていない。確かに、リースは中身が遥輝になるまで血も涙もない暴君だったと思う、けれど、遥輝が転生してから、私がエトワールとして転生してからは180度ぐらい変わっただろう。
私が来なければ、遥輝はリースとして上手くやっていったはずだっただろうに。
「あ、あのエトワール様?」
私が考え込んでいると、トワイライトは心配そうに私の顔を覗いた。
私はハッと我に返って、このままではいけないともう一度慣れない笑みを浮べる。けれど、先ほどより自然な笑みに近づけて。騎士達は、私がトワイライトに危害を加えるのではないかとぴりぴりしていたが、メイド達は逆にどちらの味方をすればイイか分からないといった感じだった。
「ごめんなさい。ちょっと驚いていたの……自分以外にも聖女が召喚されるなんて」
(知ってたけど――――)
顔が引きつるんじゃないかと思うぐらいの満面の笑みを浮べて私はトワイライトに微笑みかけた。すれば、彼女は緊張が解けたのか、にこりと微笑み返してくれた。私がまねできないような花の笑顔で。
「そうだったんですね。私も、いきなり召喚されて凄く混乱していて。先輩の聖女様がいてくださるの、本当に心強いです」
と、パッと顔を明るくさせたトワイライトは私の両手を掴んだ。
もし、コレが私を中心にまわっている悪役令嬢ものならヒロインはゲスな笑みを浮べるだろうな……と何て、この期に及んで、自分がヒロインだと思い込んでいる私は、彼女の純粋無垢な笑顔を見て、如何に自分がどんなに酷い人間か分からされるようで嫌だった。彼女の笑顔は正真正銘のヒロインといった感じだった。
『先輩聖女だって? 彼奴は偽物聖女だろ』
『さすがは本物の聖女様だ、心が広い。平民を庇うような偽物とは違って』
『もう、あの偽物に振り回されることないな』
そう、騎士達の心の声が聞えてきて私はギュッとスカートを握りしめた。
そういえば、何かあると思って心の声が聞えるように設定してきたんだったと思い出し、私は失敗したと下唇を噛んだ。
酷い言われようだ。
(矢っ張り、アンタ達そんなふうに思っていたのね……まあ、初めから分かっていたけど。でも――――)
涙が溢れてくるのが自分でもわかり、ここで泣いたらいけないと私は我慢した。そんな私の様子を見てか、全てを察したリュシオルは私の肩を優しく抱いた。
「リュシオル?」
「大丈夫よ。私は貴方の味方だから」
「うん、うん……」
その言葉だけで涙腺が決壊しそうだったが、それではリュシオルがこの言葉を言ってくれた意味がないと私はグッと堪えた。そうだ、まだ私が悪役になるとは決まってない。
(というか、聖女の召喚って皇太子とか皇帝とかが見てる前でやるんだっけ……私の場合は後からリースがきたけど)
元々女嫌いだったリースは聖女の召喚にもあまり興味がなくて……という設定だったのを今思い出し、エトワールの時はそうだったが、ヒロインの時はエトワールよりもはやく前に現われたような。
そこまで思って、この召喚に、ヒロインを召喚することにリースは賛成したのではないか疑問が浮かんできた。もしそうだったとしたら、矢っ張りリースは何も理解できていないし、ゲームをプレイしてみようかと思っていたとかいっていたけど、エトワールの立ち位置さえ知らなかった彼だ、私がヒロインが召喚されたことでどうなるか分かっていなかっただろう。
そう考えると、何だかリースに怒りがふつふつと湧いてきた。もし、本当に私が悪役になって国を追われる羽目になったらどうするんだと。
(……この間、ちょっとは私のこと分かってくれたと思ったのに)
怒りと失望。その両方に挟まれながら私は、今はこの場をどうにかしようと前を向いた。まずは、トワイライトをどうするかだ。
しかし、私に何か言う権利も何もないため、リュシオルがメイド達に指示を出した。
「トワイライト様のお部屋と服を用意して、温かい料理も準備。今すぐによ」
リュシオルの鶴の一声で、固まっていたメイド達はあせあせと散らばりトワイライトのための準備に取りかかった。騎士達はその様子を見て、唖然としていたがリュシオルが彼らの方を向いて頭を下げると、彼らは一方白に下がった。
「準備が遅れてしまい申し訳ありません。こちらも、聖女様の召喚のことを知らされておらず……それは兎も角、ここは安全地帯なので、騎士様達は自分の仕事にお戻り下さい。やることがまだ沢山あるでしょうから」
「ですが、聖女様は」
「大丈夫です。こちらでしっかりお世話させていただくので」
と、ニッコリ笑ったリュシオルに何も言い返せない騎士達は、仕方がないと言ったように玄関から出て行った。
コレでひとまず一段落した……と、リュシオルはため息をついていた。そういえば、リュシオルは聖女殿の管理と聖女の世話を任されている第一責任者だったと私はぼんやり思い出した。何でも出来るスーパーウーマンだなあと改めて思う。
「ふう……これで、厄介事はひとまず落ち着きそうね。一時的にだけど」
「う、うん……」
リュシオルは、やれやれと言った感じに頭を振っていた。私は、こくっと頷くことしか出来なかったけど、彼女がああ言ってくれなかったら、きっとあの人達は帰ってくれなかっただろうなと思った。でもよくメイドの身分で騎士達にあれだけ強く出れるなあと思ったし、もしかしたら、リュシオルは私が思っている以上に階級の高い人なのかも知れない。結構そう言うことを秘密にしたがるから、あまり深く私も聞いていないのだけど。
「それで、聖女様……トワイライト様はいつまでそこに突っ立っているつもりでしょうか」
「は、はい……! すみません」
トワイライトは、リュシオルに声をかけられ驚いたような表情を浮べ、胸の前で手を握っていた。怖がらせてどうするのと、リュシオルを見たが、彼女もまたトワイライトを警戒、見定めているようだった。
「そうだ、エトワール様。良ければ、トワイライト様に聖女殿と神殿を案内してあげてくれないかしら」
「な、何で私!?」
「聖女のことは、聖女が知っているって言うじゃない。トワイライト様もその方が気が楽でしょう?」
と、リュシオルはトワイライトの方を見ていた。トワイライトは、こくりと頷いて私の方に視線を向ける。その目が捨てられた子犬のようで私は断ることが出来なかった。
「よ、よろしければ、私に色々と教えてくれないでしょうか。先輩の聖女様……エトワール様」