どうしても断れ無かった。
「え、エトワール様、大丈夫ですか?」
後ろからついてきているトワイライトはあわあわと、気が重くなって足取りまで重くなった私を心配するように声をかけてくれている。後ろから絶えず浴びせられるトワイライトのほわほわキラキラヒロインのオーラに圧倒され、さらにブルーな気持ちになっていると言うことは、彼女に悟られてはいけないと思った。
一応、先輩の聖女という自覚はあるし、ヒロインと仲良くすることで悪役ルートが回避できるかも知れないからだ。ここで、彼女に意地悪したり、怖がられたりしたら、元々低い評価がさらに低くなってしまうと思ったからだ。
でも、こんなに可愛くて毛健気な子、絶対に攻略キャラも心持っていかれてしまうだろう。私なんて、オタクでコミュ障で、怒りの沸点も低いし余計なことしか言わないし、いいところ何て一つもない。私がしてきた努力なんてきっと一瞬で無駄になるだろうし。
私はそんなことを考えつつ、足を止めた。
「え、エトワール様、どうかしましたか?」
「あの、えっとね、その様を付けるのやめて欲しいなって……ほら、私も砕けて喋るからさ。同じ聖女なんだし、仲良くしたいなあーって思って」
「は、はい!」
ビクッと方を上下させ、トワイライトは返事をした。
そこまで驚くことないだろうと思って、オーバーだなあなんて見ていると、トワイライトははにかんだように笑って、少し困り眉ながらに口を開いた。
「本当は凄く緊張していたんです。いきなり召喚されて、聖女だって言われて……周りは知らない人ばかりで心細かったので」
「そうなんだ……ねえ、召喚される前は何処にいた……とかあるの?」
と、私は少し疑問に思った事を彼女にぶつけてみた。私は、エトワールに転生しましたー日本という所にいました。だから、言ったところでという感じだし、そもそも聖女というものは、天界にすむ女神が人の形になったものらしいからそんなことを言ったら、ますます聖女ではないと言われるだろう。
だからこそ、本物のヒロインはどこから来たのか気になったのだ。
私がそんな期待と謎を胸に待っていると、トワイライトは少し困ったように、言葉を探しながら口を開いた。
「私は、白い空間にいました」
「へ?」
トワイライトの発言に私は、そんな間抜けな声しか出なかった。
もっと、雲の上とか天使とかが存在する天界をイメージしていたから、白い空間にいました。何て言われて納得も、想像もつかなかったのだ。
それでも、トワイライトは真剣に続けるので、口を挟まず聞くことにした。
「白い空間にいたんです。何もない。たまに、女神と思われる人の声が聞えるだけで。そこで色々学びました。聖女について、この世界の歴史について。でも、教えられるのは、女神と混沌の争いの話と、聖女のあり方について。ですが、教えられたのはそれだけで、此の世界の暮らしとか、貴族の方々に対する接し方も分からず。その、皆さん、私が何でも知っているかのように接してくるので……」
そう、話してくれたトワイライトは、はあ……と大きなため息をついていた。それは、ここに来たばかりの渡しと同じように、慣れない生活様式や、作法、それら全てに戸惑っている様子だった。聖女は何でも知っているみたいに思われがちだけど、彼女の様子を見る限りでは、彼女もまた私と同じように何も知らないのだ。けれど、皆を心配を、不安にさせたくない一心できっとここまで取り繕ってきたのだろう。召喚されて何日、何時間経っているか知らないけれど、無理しているようだった。その証拠に、人の目ばかり気にし、足も痛めているようだったし。
私と同じだった。
そう思うと、急にトワイライトのことがただのヒロインというわけではなく、私と同じ境遇の人という風に見えてきて、可哀相に思えてきた。彼女は、伝説上のヒロインの姿をしているから、私と違って皆からの期待も大きいと思うし。
私は、トワイライトの手を先ほど彼女がしてくれたようにギュッと握ってあげた。すると、トワイライトは少し驚いた顔をした後に照れくさそうに笑った。ヒロインの笑顔はやはり異性同性構わず心を温かくするものだと。女の私でもキュンとしてしまった。
「そうだよね。全く分からないよね、私もそうだった。聖女だってだけで、あれこれ言われて、押しつけられて」
「そ、そうですよね! 召喚って召喚される方も魔力持っていかれるじゃないですか、私それで疲れているのに、召喚に成功したって喜ばれて、それでいきなり帝国を救って下さいですよ!? もう、何から突っ込んでいいのやら」
と、トワイライトは私が砕けた口調で話すと、それまでためていたであろう感情を一気に吐き出して私の手を握り返した。
彼女は年相応の女の子の表情をしており、私と何一つ変わらなかった。ヒロインと言うことで身構えていた自分はいたけど、全くそんなことなく、初対面というのに、私は彼女と普通に接することが出来た。ただのいい子、ヒロインと思っていた自分が恥ずかしいぐらいに。
「エトワール様がいてくれて本当に助かりました。こんなこと、他人様の前で言えないですし、きっと失望させてしまいますから。ほんと、本当に……」
トワイライトはそう言うと俯いてしまった。
よっぽど無理をしてきたんだろうなと、召喚されたばかりの頃の自分を思い出していた。私は励ますためにトワイライトに微笑み、もう一度手を握る。
「私のこと頼ってね。同じ聖女だし、私も分からないことだらけだけど、役に立てるかも知れないし」
「エトワール様……っ」
「って、さっきも言ったじゃない。その様付けるのやめてって、私そんな身分高くないし、同じ聖女じゃない」
そう言ってやれば、トワイライトはそれでも、納得できないといった顔を私に向け、どうすればいいか困っているようだった。彼女なりに譲れないものはあるんだろうし、私に「様」付けして呼ぶことが普通と思っているのかも知れない。でも、「様」付けされて呼ばれるのは、周りの貴族やメイド、騎士達だけでいいと思った。実を言うと、前からこっぱずかしかったのだ。言い出すタイミングも、言ったところできっと聖女を神聖視しているこの帝国の人達には受け入れられないと思っているけれど。
「そ、それでは、お、お姉様とかどうでしょうか」
「え? ええ?」
もじもじと、トワイライトは口にし、ちらりと私の方を見た。
(お姉様? 何で?)
私の中にぐるぐると不明の二文字が回転し始めた。どういう思考回路をすればそれに行き着くのか私には分からなかったが、彼女がそう言いたいのであれば、それを受け入れてあげるというのもまた一つの手かも知れない。私が妥協すれば良いだけの話だし。
それでも、意味が分からなくて、ついうっかりぽろりと私はこぼした。
「え、え、どうして、何でお姉様って?」
「ダメでしょうか。その、格好いいな……とか、エトワール様に憧れを抱いていまして、それで、様付けがダメで、同じ聖女と言うことなら先輩後輩という仲ではなく、姉妹関係とか……ああ、本当にダメだったらいいんです。すみません、こんないきなり、意味分かんないですよね」
と、トワイライトは慌てて訂正した。
そのテンパり具合や、口調、仕草など、何だか自分に通ずるところがありプッと思わず噴き出してしまった。トワイライトは、そんな私を見てまたおずっと私の顔を覗く。
「あ、あの……エトワール様、すみま――――」
「怒ってない。もう、そんないちいち謝らないで。貴方は何もしてないじゃない。笑ったのは、私と似てるなーって思ったから。確かに、そうだよね。先輩後輩って言うより、聖女って言う一人か二人しか存在しないものだから、姉妹っていうのもあながち間違いじゃないかも知れないなって思って」
私がそう言ってやると、トワイライトは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「えっと、じゃあその、お姉様って呼ばせてもらっていいでしょうか」
「うーん、恥ずかしいけど、トワイライトがそう呼びたいって言うなら、それでもいいって思い始めてるから、好きに呼んで。私は、トワイライトって呼ぶから」
「はい! お姉様!」
ふわりと笑ったトワイライトに、私はつられて笑う。
前から、姉弟がいたらなあ何て思っていたが、意図せぬ形で私に妹が出来てしまった。血はつながらないけど、同じ聖女だし、まあ姉妹って言っても通じるかも知れないと、私はぼんやり考えて自然と頬が緩んだ。
(何だか、思った以上に平和だな……)
そう考えつつ、次は神殿を案内……といった所で、こちらに向かっては知ってくる足音が聞え、私とトワイライトは同時に振返った。
「エトワール様!」
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