「ごめん、話が、見えなくて……えっと、全部僕のせいって、何で……え」
ブライトの言葉が理解できず、私の思考は少しフリーズした。
それでも、雨のせいかすぐに頭が冷えて、ああこれが、彼の隠していたことなんだと理解した。気持ちが悪いぐらい冴えた頭は、今彼の言った言葉全てを飲み込んだ。
だが、そうなのね。と一言二言ですむものではないし、彼の言葉を私は待つことにした。
「災厄は始まってしまったのです。まだ、混沌が宿主を見つけてないことは幸いですが……」
「弟を殺していればって、つまり、そういうことなんだよね?」
と、私が聞けば、一瞬だけブライトは躊躇った後、ゆっくりと顔を上げて、肯定の返事をした。そして、彼は語り始めた。
「はい。これ以上黙っているわけにはいかないと思いました。僕の私情で、これまでエトワール様に話すことができませんでしたが、今回こうなってしまったのは、僕が早めに対処をしなかったから。少し大丈夫だと思っていた節もあります」
ブライトは、自分は無力だとでもいうように拳を握っていた。
まあ、それはそうだろう。
彼に同情をしないわけではないし、何となく、もし私が同じ状況だったらそういう行動をとるかも知れない。私情で。の一部分に関してだが。
「混沌は既に数年前にこの世に舞い戻って、生まれ落ちました。それが、僕の弟、ファウダーです」
「うん」
「……僕の母親が死んだのは、屋敷が燃えたのは偶然ではありません。それに、母親はファウダーをうんださい、気づいていたのでしょう。彼が混沌だと言うことを。光魔法の家門である公爵家の人間が、混沌を産んだと知られれば不安、不信と伝染していきますから。ですから、母親は何としてでも殺そうとしたのでしょう。僕や侯爵に知られないように……ですが、混沌の力を見誤った」
そう言うと、ブライトは一息ついた。
彼の母親が火事を起こしたのか、それとも混沌の力によって火事が起こされたのかは定かではないらしいが、少なくともその火事で自分の命を投げ捨ててでも混沌を道連れにしようと考えたのだろう。だが、メイドが助けてしまった。もしかすると、そのメイドは混沌に洗脳されていたからかも知れないが、混沌を助け二階から飛び降りた時点で即死してしまったらしいから、もう調べようがない。
そうして、火事から逃れ生き残った混沌、つまりブライトの弟であるファウダーは侯爵家に居座ることになる。表現は間違っているのだが、本来生れてくるはずだったブライトの弟は混沌と入れ替ってしまったのだ。
それでも、血はつながっていたわけだし、ブライトも何度か母親と同じく殺害を企てたらしいが悉く失敗してしまったらしい。簡単には殺せないと言うことだ。拘束はできても、数日、数時間後にはそれらは破られてしまうほどに、混沌の力は強大だった。
(でもまあ、混沌であれど、血の繋がった弟を殺せるわけがないよね……)
ブライトが優しいのは知っているし、幾ら災厄を引き起こす存在だったとしても、小さな身体の弟を殺す事は簡単にはできなかっただろう。どれだけ恨んでいて、母親の命を奪ったとしても、弟であるという事実が彼を苦しめていた。
だが、それを誰かに話せるわけもなく、その事を知った父親は自分の立場が悪くなるのを恐れ、侯爵家には帰ってこなくなったらしい。魔道騎士団の団長でもある侯爵は、災厄の調査を言い訳に、侯爵家はブライトが見ることとなったと。
「僕も、侯爵と同じで自分の立場が悪くなるのを恐れていました。そして、もしこのはなしを公にしたとしても聖女がいないのでは対処法がなかった。そのため、何年も隠してきたんです。エトワール様が現われてからも、貴方と出会って、貴方と話す内にエトワール様に嫌われたくないと思うようになってしまった」
ブライトはそう言って苦笑した。
私は彼の話を黙って聞いていた。
弟を殺せず、弟について話せず苦しんだブライト。それは、ヒロインのストーリーでは明かされなかった真実だった。ヒロインのストーリーでは、弟であるファウダーが混沌ではなかったという事実はなかったし、そこまで深く触れられていなかったため、ヒロインストーリーでもファウダーは既に混沌だったのだろう。ただ、今回のようなリースを利用した形で復活したわけではないことは確かだ。
「……僕が変な意地を張らなければ、あの時、星流祭の時、エトワール様を傷つけずにすんだはずなんです」
「あ……」
ブライトの言葉を聞いて、私は星流祭で彼と喧嘩したときのことを思い出した。
不治の病を持っている弟がいる。弟には触れてはいけないと嘘をついたブライトは、私の目の前でその弟にそれが嘘だと暴露された。そうして、その時は弟が混沌であると言い出せず、私に言い返す事も出来ず、結局彼の好感度も下がり、険悪な雰囲気になってしまった。
その時の事をブライトはいっているのだろう。
あの時自分が素直に真実を話していれば……と。だが、あの場にはその混沌がいた訳だし、言い出そうにも言い出せなかったに違いない。其れを私は考えずに、酷い言葉を浴びせてしまった。
「もっと早くに、真実をあかしていれば。きっと他の対処法や、こんなことにはならなかったと思います。だから、全部僕の責任なんです」
「ブライトの、責任じゃ……」
そう言いかけた私の言葉を遮るように彼は首を横に振った。
「エトワール様が僕を嫌わないこと、エトワール様が僕にかけてくれた温かい言葉や笑顔を思い出して、あまりにも自分が愚かだと思いました」
「……は」
確かに、私はブライトを嫌っていたわけじゃないし、きっと嫌いに何てならなかっただろう。彼のいっていることは正しい。でも、少し妄想が過ぎるような気がした。
それでも、その言葉はつまり私を「信頼」してくれていると言うことであり、私もブライトのことを信じてあげようと思った。
ただ、全てが遅かった気がするが。
「申し訳ありません……こんな言葉じゃ済まされないというのは分かっています。僕が浅はかで、愚鈍だったせいでエトワール様に」
ブライトはそう言うと、頭を下げた。
私がそんな彼にかける言葉を探していると、彼は顔を上げてこちらを見た。
「私は……私は別にそんな言葉が聞きたいわけじゃない。それに、私に謝ったって、私が迷惑しているわけじゃないもん」
「エトワール……様」
誤解されるぐらい冷たい声で、言葉をかけてしまったと私は思った。降り続ける雨の中、彼のアメジストの瞳は、仄かなろうそくの明りのように、今すぐに消えてしまいそうなほど揺れていた。
私は別にこんなことが言いたいわけじゃない。
けれど、いったように私が迷惑しているわけじゃないのだ。これは、私に言う言わなかったの問題ではないと思う。まあ、彼が負い目を感じていたのは星流祭や今回の事件が起ってしまい、私に嘘をつき続けてしまった事への謝罪だろう。
相変わらず、嘘と言い訳ばかりだ。
「起ってしまったことはしょうがないし、謝って済む問題じゃないっていったけど、全くその通りだと思う」
「はい……」
「でも、ブライトはそれを一人で抱えてきたんだよね?」
と、私が聞けば、ブライトは静かに首を縦に振った。
彼がどんな思いでこれまで生きてきたのか、私には想像がつかなかった。
普段なら信頼できる人さえも、その人に嫌われたり、悪いように言われるかも知れないと考えたら足がすくむ。それに、いってしまえば皆を不安にさせてしまうからと、自分だけが不安を抱えることを選んだブライトが。
彼の選択が全て間違っていたとは言えない。
当然のことなのかも知れない。
「ずっとずっと言えなかったんだもんね。何年も。頼れる侯爵も、自分の立場が悪くならないようにと逃げてしまって……侯爵家の跡取りとして、皆を不安にさせないようにって。それは、侯爵家だけに留まらず、光魔法の者、帝国の皆が不安にならないようにって隠してきたんだもんね」
「………………」
「凄いと思う。今まで、ずっと一人で耐えて、戦ってきたブライトは凄いと思う」
私はそう言って、ブライトを見つめた。
彼は何も答えなかった。でも、彼のアメジストの瞳に光が集まっていき、彼の瞳が先ほどよりもうんと、うんと大きく揺れて、光り輝いた。それは、自分のこれまでの苦しみを理解してもらえた喜びを表すようなものでもあった。
この人は強い。
強くて優しくて、脆くて弱い。
でも、それを誰にも見せないで、隠し通すのが上手で、それでいて、自分の感情も考えも押し殺してしまって。
ブライトはそういう人だ。
ヒロインストーリーで見た彼とは全く別人。
ブラコンなんて表むきの彼で、本当は誰よりもこの国や人のことを愛しているのだと思った。優しいから。
「エトワール様……は」
「私にはできないなあ……絶対誰かに喋っちゃう。それで、失敗して、自分がいわなければとか、自分を責めちゃって……でも、ブライトは皆のために隠し通すことを決めてここまで来たんだよね。それって、凄いことだと思う。そんなブライトのこと私が嫌いになるわけないじゃん。確かに、星流祭の時は傷ついたけど、理由が聞けた今、あの時のことはなかったこと……私が悪いって思うもん」
「そんなことは……」
「そんなこと、あるの。だからね」
私はブライトに手を差し出した。
「今は、この状況を一緒に何とかしよう。そのために、アンタの力が必要なの」
「エトワール様」
彼は私の手を取った。
その手が少し震えていて、私は彼の手をぎゅっと握った。
私達はそれからお互いの手を強く握りしめ、顔を上げた。
そこには、もう迷いはなかった。
私たちは、これから起こるであろう悲劇を阻止しなくてはならなかった。ブライトは全て吹っ切れたようなかおをしており、優しく微笑んだ。
「本当に、エトワール様は素敵な人ですね」
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