翌日───…
今日は待ちに待った七夕だ。
仕事のあと、尊さんと一緒に、尊さんの教えてくれた穴場スポットで天体観測をする約束をしている。
朝から時計ばかり見てしまうし、デスクに向かっていてもなんだか足元が浮ついているような感覚だ。
尊さんには悟られていないか気になる
だがそんな気持ちも、夜空がきっと、このソワソワした気持ちを全て包み隠してくれるはずだ。
◆◇◆◇
定時後──…
ソワソワして落ち着かないまま、早足で待ち合わせ場所のコンビニへ向かう。
途中でふと夜空が広がる空を見上げると、都心に近いにも関わらず
満天の星が息をのむほどきらめいている。
コンビニの前に立つ尊さんの姿を見つけると、胸がキュンと高鳴った。
彼は俺の姿に気づくと、少しだけ口角を上げ
手を挙げてくれた。
その仕草一つで、俺の緊張は和らいでいく。
「尊さんっ、お疲れ様です!」
小走りで近づきながら、俺は今日の空の美しさを伝えずにはいられなかった。
「今日は本当に星がきれいですね」
尊さんは空を見上げ、満足そうに頷く。
「さすがは七夕だな。きっと、いいものが見れるぞ」
その言葉に、さらに期待が高まる。
コンビニに入り、俺は加糖の缶コーヒー
ピザまんとショートケーキを選ぶ。
そして隣の尊さんのカゴを見ると、無糖の缶コーヒー、あんまん、とティラミス。
それぞれ1つずつ購入して店を後にする。
「尊さん相変わらず大人っぽいの選びますよねー…」
手に持ったレジ袋の中身を見ながら、俺は少し拗ねたように言った。
「別に普通だろ」と尊さんは取り合わない。
「あんまんとか、ブラックコーヒーとか、ティラミスとか!大人の男って感じしません?」
「ふっ…そう言う恋は子供っぽいけどな」
そう言われてしまえば、もう反論の余地もない。
「うう…グーの音も出ない」
でも、この短い、いつもと変わらないやり取りが、何故かとても愛おしく感じられた。
彼の言葉の端々にある優しさが、俺の心をじんわりと温める。
駅前の人混みを抜ける。
まだ夕食には早い時間だが、この通りは常に人が多い。
お互いに少しだけ、非日常のデートに緊張しているのが
その歩調から、そして少し強張った表情から分かった。
俺は意を決して、尊さんの手を探す。
指先が触れた瞬間、尊さんが迷いなく俺の手を包み込み、繋ぎ合ってくれた。
その手の温かさが、先程までの緊張を少しずつ解いていった。
◆◇◆◇
目的地である公園につくと、そこは無人というに相応しい、穴場スポットという感じだった。
少し奥まった場所にある静かな公園で、街灯も控えめだ。
「ここなら他の奴もいないし、よく見えそうだと思ってな」
尊さんがそう言って、ベンチを探して座ってくれた。
俺も隣にそっと腰掛ける。
そして二人で空を見上げる。
都会の喧騒から離れたこの場所で見る星は
さっきコンビニの前で見たものよりもさらに鮮明で、無数の星が煌めいている。
その美しさに、俺は思わず息を飲む。
当たり前だけど、隣を見ると尊さんの横顔があった。
彼は星空を見つめている。
不意に、俺は尊さんとデートで一緒にペアシートに横になってプラネタリウムを見たときのことを思い出した。
あのときは周りにも人がいて、二人っきりじゃなかった。
耳元で星の名前を教えてくれた彼の声が、今も鮮明に蘇る。
それが今じゃ、誰もいないこんな場所で
二人きりで本物の星を見ているんだから不思議だ。
「あの星がアルタイル、織姫だろ。で、その下のあれがベガで彦星」
尊さんが静かに、囁くように教えてくれる。
俺は興奮気味に何度も頷く。
「二つの間に天の川があるのがはっきりわかりますね…! すごい…!」
「そうだな。今日はよく見える」
尊さんは星空に視線を向けたまま、ぽつりと呟いた。
その声には、どこか懐かしさが滲んでいた。
「そういや、こうやってお前と星見るのは、前にプラネタリウム見に行ったとき以来か」
尊さんもあの日のことを覚えててくれたんだ、と思うと胸の奥がじんわりと温かくなる。
「えへへっ、今俺も全く同じこと考えてました!だから懐かしくて、なんだか嬉しいです」
「…もう恋と付き合って6ヶ月…いや、7ヶ月になんのか」
尊さんがこちらを見て、微笑む。
月明かりに照らされた彼の横顔は、すごく大人っぽくて、言葉にできないほど素敵だと思った。
「確かに、それぐらいですよね…! 早いな~…」
「尊さんと付き合って7ヶ月……なんか、まだ夢みたいです」
ドキドキしながら頷くと、尊さんはフッと笑った。
「そんなにか?」
「そりゃそうですよ! 尊さんに抱かれたときも、好きって言われたときも、信じられなかったですし…」
俺は言葉を続ける。
「こう、胸の当たりがすごくぽかぽかして……今も尊さんと一緒に仕事したり退社できるの、すごく嬉しいんです!」
そこまで感情を露わにすると、尊さんは少し目を丸くして
それから照れくさそうに視線を逸らした。
「そこまで言われると、なんか照れるな……」
「え?」
意外な言葉に驚いて見つめると、彼はすぐに「なんでもない」と言って、再び空に視線を戻した。
「た、尊さんも照れることってあるんですね…!」
「そりゃあ……お前に関してはな」
彼はそう言って無糖の缶コーヒーを開け、一口飲む。
喉仏が動くのを見て、俺はドキッとした。
「はぁ……うまいな」
俺が見惚れているのに気づいた尊さんは少し不思議そうにこちらを見た。
「どうした、そんなジロジロ見て」
「いや…えっと、尊さんって本当に大人びてるな~と思って…!」
「大人びてる、っていうか、年上だしな。一応」
「それはそうですけど……!俺にとっては憧れの人ですから!」
俺の言葉に、尊さんは照れくさそうに髪をかきあげる。
その仕草が、普段のキリッとした彼からは想像できないくらい可愛らしかった。
「まぁ、そう思われるのは悪い気はしないけどな……」
何気ない、いつもと変わらない会話なのに
夜空に輝く無数の星々が二人の時間を祝福してくれているようで、俺の心は満たされていく。
星の名前を教えあったり、星座を探したり
流れ星はないかと探してみたり。
そうしているうちに、空気が温かく、柔らかくなっているのを感じる。
しばらく星を見ていた俺たちだが、ふと尊さんが口を開いた。
「なぁ恋」
「はい?」
コメント
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わああ、またもや、素敵なエピソードでした🎁✨ 恋人同士で星を見る、ロマンチックですね…❤️🔥‼️ ほんとに見てよかった作品1位です…✨️こういう2人がほわほわしてるエピソードほんとに大好きです…✨️‼️本当はもう全てのエピソードにコメントしたいのですが、私の文章力がないばかりにあまり書けなくてごめんなさい🙏💦 素敵なエピソードほんとにありがとうございました❤️🔥‼️