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名前を呼ばれて返事をすると、尊さんは俺の顔をじっと見つめて言った。
「今日のお前、なんだか幸せそうに見える」
「……そりゃ、幸せですもん」
思わず本音が出てしまったけれど、嘘ではないので訂正しないことにする。
それに、彼には俺の感情なんて全部お見通しだろう。
「……そうか」
尊さんは満足そうに頷いた。
「尊さんも、今日はいつもより…その、優しい顔してる気がしますっ」
「その言い方じゃいつもは優しくないってわけか?」
「そ、そういうわけじゃ! いや…でも、仕事中はキリッとしてますし、そうかも……? あっいや、今のは違くて…!」
俺は慌てて否定しようとする。
尊さんのいつもの顔も、もちろん大好きだ。
「ふっ…ははは……ほんと、お前は見てて飽きないな」
俺が慌てて言い訳しようとするのを見て、彼は可笑しそうに笑った。
あんなに心から笑う尊さんを見たのは初めてで、俺はドキリとする。
「…なっ、なんか面白がってません?!」
「…はは、慌てるのが面白くてな」
「もう!からかわないでくださいよ…!!」
「はいはい悪かったよ」
「絶対思ってないでしょ!!」
怒ったふりをして尊さんの方に体ごと向けて
口をパクパクさせて抗議すると、彼はさらに笑いを深めた。
「わかったわかった。ほら、ピザまんやるからいい子にしてろ」
そう言いながら、俺が空けていた口に、熱々のピザまんを突っ込まれてしまう。
「んぐっ……んまいれす…んん」
ピザまんに噛みついて味わって、なんとか飲み込んでから喋る。
「ふっ……食うか喋るかどっちかにしろ」
「た、たべましゅ!す!」
慌ててモグモグと口を動かし始める。
熱々のピザまんの生地はフカフカで甘みがあり、中の具材からジュワッと肉汁が溢れ出す。
トマトソースの酸味とチーズの濃厚な香りが口いっぱいに広がった。
ああ、美味しい。
疲れた身体に染み渡るような優しい味だ。
「んん~っ……最高すぎましゅ…!」
ゆっくりと味わっていると、生地を引きちぎろうとした瞬間──
にゅるん、と真っ白なチーズが長く長く伸びたのだ。
まるで綿菓子のように糸を引いてプルンプルン揺れている。
予想以上の粘着力に指先が止まり、思わず声を漏らす。
「んんっ!? わああ……すごっ! チーズめっちゃ伸びる……!」
「って、伸びすぎだろ」
尊さんも驚いた顔でこちらを見ている。
「ど、どうしようこれ、全然ちぎれないんですけど!!」
必死で歯で噛み切ろうとしても、歯茎に絡みつくチーズはまだまだ続く。
アツアツで美味しいんだけど、この状況はちょっと恥ずかしい。
「くぅ~っ……」
必死になってなんとか噛みちぎるが、最後の一筋までしっかり伸びていて
可愛らしい残滓が唇についてしまう。
ペロリと舌で舐め取ると──
尊さんが、垂れているチーズの真ん中をちぎるように取ってくれて、ようやく線が途切れた。
尊さんが「仕方ないな」と言って、低い声とともに尊さんの手が伸びてきた。
そして、俺の唇の端についたチーズまで、指先でそっと拭い取ってくれたのだ。
「っ……!?」
突然の行動に、俺の心臓は跳ね上がった。
拭い取られた場所が、熱を持っているように感じる。
そして、俺はほとんど無意識に、その指へ顔を寄せ、ペロリと舌を這わせてしまっていた。
「……あ」
自分の行動に気づいた瞬間、顔から火が出そうになった。
「す、すみませんっ!!! あのっ……つい! そのっ……! 汚いですよね!? 変態みたいで本当にごめんなさいっ!!」
頭の中が真っ白になってパニック状態だ。
こんなことをしてしまった自分を恥じて俯いてしまう。
「……」
尊さんの沈黙が怖い。
気持ち悪いと思われたかもしれない、引かれたかもしれない。
恐る恐る顔を上げると───
「……っ、変態どころか可愛いすぎる…」
ボソッと呟く尊さんの目元が微かに赤く染まっているのを見て取って、ますます鼓動が速くなる。
「…え、か、かわいい……っ?かわいい、んですか…?」
「……いや、なんでもない。忘れろ」
互いに照れて視線を逸らすけれど、尊さんはレジ袋からおしぼりを取り出して手をサッと拭いた。
恥ずかしさと気まずさに耐えかねて、尊さんの方を見ると、目が合って
ほぼ同時にクスッと吹き出してしまった。
「……ふっ」
「あはは……」
「なんか、今の流れちょっとおかしかったですよね……!」
「まぁな」
そのやりとりはどこか照れくさくてこそばゆくて
でも、それが俺たちの日常で、かけがえのない時間なのだと心の底から感じた。
「尊さんもあんまん食べます?」
少し落ち着きを取り戻し、俺はあんまんの袋を差し出す。
「ああ…まぁ、恋のおかげでもう寒くなくなったけどな」
「ふふっ…分かります、手も繋いでないのに笑いすぎて暖かくなっちゃいました」
尊さんは無糖コーヒーで流し込むようにあんまんを味わい
俺は加糖コーヒーを飲み、並んで再び星空を見上げる。
するとそのとき、夜空を一筋の光がサッと横切った。
「あ!尊さんっ、今!流れ星です!!」
「…まさか見れるとはな」
「って、早すぎて願い事言えなかったです…!」
「3回言うと叶うってやつか…?」
「それです!絶対無理ですけどね」
「だな、まあ。見えただけでもいいんじゃないか?」
尊さんは、そう言いながらもどこか楽しそうだ。
「えー…尊さんはなにか願い事ないんですか??」
「…願い、か。願ったところで、叶うことなんてないだろうしな」
「尊さんにしては、後ろ向きなんですね…?」
そんなに大きな願い事なんですか?と聞こうとしたところで、尊さんは持ち直したように言った。
「まあ…願うだけならタダか」
「そうですよ!!願った方が得ってもんです!あっあれです!!あの大きな星!」
俺は左上の空高く輝く青白い一等星を指さした。
「…!」
俺は両手を胸の前で合わせた。
尊さんも俺に続くように手を合わせた。
二人で、同じ星を見つめながら、願いを心の中で唱える。
それが何であるかは、お互いに言わなくても良い気がした。