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王国最深部――古代の地下聖堂。光を吸い込む黒い石壁が連なり、中央には巨大な魔法陣が刻まれている。
その中心で、セレナは静かに目を閉じていた。
胸に抱くのは、黒薔薇の心臓。
自らの魔力の核であり、王家が封印し続けてきた“禁忌”の象徴。
周囲には、王宮の魔導師たちが描いた封印陣が淡く輝く。
ルシアンはその少し外側で剣を構え、彼女を見守っていた。
(……ここで決める。
逃げるのでも、破壊でもない。
私は――私自身として生きる)
深く息を吐き、セレナは魔法陣へ歩みを進める。
黒い心臓が脈動し、聖堂の空気全てが震えた。
「セレナ、本当にやるのか?
君の魔力を“完全覚醒”させれば、もう以前のようには戻れない」
ルシアンの声が震えていた。
恐怖ではない――彼女を失うことへの恐れだった。
セレナは振り返り、微笑んだ。
「ルシアン。
これ以上、誰も私のせいで傷ついてほしくないの。
だから……終わらせるわ」
彼の手が、ほんの一瞬だけ彼女の指先に触れる。
その温もりが、セレナの決意をさらに強くした。
聖堂が低く唸り、魔法陣が眩しい光を放ちはじめる。
黒い心臓が宙に浮かび、薔薇の花弁の形に膨張し、魔力が四散する。
(母が残した“選択の力”……
私がどう使うかで国の未来が決まる……)
セレナは胸の前で両手を組み、呪文を紡ぐ。
「――“黒薔薇の儀式(Nigrum Rosarium)”、解放」
瞬間、聖堂が爆ぜた。
黒い魔力が天に向かって吹き上がり、巨大な影の薔薇が開く。
花弁一枚一枚が魔力の奔流で、聖堂の壁を揺らし、地上の空気まで震わせた。
魔導師たちが叫び声を上げる。
「これほどの……! 陛下、制御不可能です!!」
「やはり彼女は――喰魔の血統……!」
王と王妃が怯え後ずさる中、
ルシアンだけがその中心へ踏み込んだ。
「セレナ!! 戻ってこい!!」
黒薔薇の渦の内側で、セレナの髪が宙に舞う。
瞳は金色に輝き、血脈が浮かび上がり、まるで別人のようだった。
だが――彼女の胸には確かに、ルシアンの声が届いていた。
(……私を呼ぶ声……
ああ……私は……独りじゃない)
セレナは両腕を開き、魔力の流れを自らに引き寄せた。
黒薔薇が砕け散り、その欠片が光の粒となって彼女の体へ吸い込まれる。
渦が鎮まり、聖堂の空気が静謐に変わった。
彼女はゆっくりと地面へ降り立ち、息を吐いた。
黒い魔力が――完全に彼女の支配下にあった。
「……終わったわ。
これで、もう暴走しない」
崩れ落ちそうになった彼女を、ルシアンが抱きとめる。
「よく……帰ってきてくれた……!」
「ルシアン……あなたが呼んでくれたからよ」
ふたりの距離が近づいた、その瞬間。
鋭い空気が聖堂を貫いた。
王が、ゆっくりと近づいてくる。
その瞳には恐怖と――深い憎悪が宿っていた。
「……禁忌の力を完全に手に入れたな、セレナ。
ならば――この国にお前の居場所はない」
魔導師たちの杖が一斉に構えられる。
セレナは静かにルシアンの背へ手を伸ばし、囁いた。
「行きましょう。
ここからが……“反逆”の本当の始まりよ」
彼女の黒い力が、再び聖堂の床を波打たせた。
――黒薔薇の王女は覚醒した。
王国は、もはや以前の形ではいられない。