地下聖堂を抜け出たセレナとルシアンは、夜の王都へと駆け上がった。だが、地上に広がっていたのは――炎と絶叫。
王宮騎士団が街を包囲し、「喰魔の血」を理由に住民の拘束が始まっていた。
「……これは……」
セレナは息を呑む。
王が恐怖に駆られ、“魔力の高い者”を次々に捕らえ始めたのだ。
幼い少年が泣き叫び、母親が引き離される。
魔力の弱い老人までもが、疑いだけで捕縛されている。
ルシアンが怒りに震えた声を絞り出す。
「これはただの弾圧だ……!
セレナ、王はもう理性を失ってる!」
「……ええ。
だからこそ――止めなければ。
私のせいだけで、こんな地獄を作らせない」
ふたりは燃えさかる街を抜け、王宮へと向かった。
王宮の大広間。
黄金の柱が並ぶ中、王は玉座から立ち上がり、狂気を宿した眼差しを向ける。
「セレナ・ノワール……
ようやく現れたか、“黒薔薇の魔女”よ」
セレナの足が止まる。
その呼称は、かつて母が恐れられた名だった。
(……母の名を……汚した……)
「陛下。
あなたは民を傷つけています。
これは“王の義務”ではありません」
「黙れ!
貴様のような化け物の血が存在する限り、王国は滅びる!
だから私は……国を守るために、粛清しているのだ!」
王の声が大広間に響き渡る。
「民を守るためなら、私はどんな犠牲もいとわぬ!
王家こそが絶対だ!」
その瞬間――
セレナの中で、
黒い魔力とは違う、もっと深い怒りが燃え上がった。
「……それは“守る”とは言わない。
ただの恐怖による支配です」
王が剣を抜き叫ぶ。
「誰か! 黒薔薇を捕らえろ!!」
四方から魔導師と騎士が押し寄せる。
だが――セレナは一歩、前に踏み出した。
その瞬間、大広間に黒い影が広がり、天井近くまで薔薇の蔦が伸びた。
影の中で騎士たちの剣が腐食し、魔導師の呪文が飲み込まれて消える。
「私は……もう誰にも怯えない」
黒い魔力が花となり、散るように光を放つ。
それは暴走の兆しではなく――明確な制御だった。
ルシアンが隣で剣を構え、笑う。
「すごいよ、セレナ……
もう誰も、君を止められない」
「でも、ひとりではここまで来られなかったわ」
ふたりの息はぴったりと重なる。
王が後ずさり、玉座の後ろへ逃げ込む。
「来るな……来るな!!
私は王だ! 私こそが……!」
「ならば――王として、断罪されなさい」
セレナが右手を上げると、黒薔薇の蔦が玉座を包み、
王を逃げ場のない檻へと閉じ込めた。
王の剣が地面に落ちる。
王の膝が震え、力なく折れる。
「私は……国を……守ったのだ……ろう……?」
セレナの瞳は冷たく、しかしどこか哀しみを帯びていた。
「守ったのは国ではなく――“あなたの恐怖”です」
黒薔薇の蔦が収縮し、王の意識を奪うように取り囲む。
大広間に静寂が戻った。
ルシアンが小さく呟く。
「……これで王国は変わる。
いや……変えられる、セレナとなら」
セレナはゆっくりと頷く。
「ええ。
でも、これで終わりじゃない。
王家の背後には……もっと大きな“影”がいる」
黒い薔薇が静かに咲く。
その中心で、彼女は決意する。
――この国を呪縛する“真の支配者”を暴く。
黒薔薇の覚醒は、まだ序章にすぎない。
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