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「……あ、あの、こちらを」
どうも、大きな勘違いが発生しているようだと思い、月子は、巾着から、釣り書を取り出すと、岩崎へ差し出した。
すると、パタパタと忙しい足音がして、若い男が、部屋から出て来た。
「ああ!紹介状まであるわけね!京さん!見た目若いけど、しっかりした女中さんみたいじゃないか!いや、よかったよ」
軽る口を叩きながら、男は、月子が岩崎へ、差し出している釣り書をさっと取り上げ、中身を確かめる。
「……って、これ。紹介状ではなくて……。西条月子さんって……ことは、あんた、もしかして、うちが手配した女中ではないって、こと?!」
わなわなと震えながら、若者は、岩崎へ、釣り書を突き返す。
月子は、コクンと頷き、岩崎は、起こっていることを察したのか、眉をしかめた。
「……これは、私宛のものだろう?二代目、勝手に読むんじゃない」
「ですね。ですがね、こっちも、てっきり、依頼されてた女中がやって来たもんだと……思うでしょうがぁ?!」
声を裏返しながら、男は、岩崎へ抗議しているが、月子は、相変わらず、何が起こっているのか分からないままで、どうしたものかと、おろおろするばかりだった。
そんな月子の事など、男達は、目に入らないのか、延々と、口喧嘩のような、会話を続けている。
「おお!二代目!すまん、遅くなった!」
ガラガラとガラス戸が開き、しわがれた男の声が流れてきた。
「……で、なんだ。また、ややこしいことに……」
岩崎は、これでもかと顔をしかめきる。
おっ?!と、玄関先で、声の主は驚きながら、若い男に、これまた、食ってかかった。
「ちょっと、待て!人の家の玄関先で騒ぎを起こすな!一人づつ、事情を話してみろ!」
岩崎の大声に、沸き起ころうとしていた喧騒は、ピタリと止んだ。
「うんうん、京さんの言う通りだ。確かに、何がなんだかわかりゃしない。でだね、俺こと、口入れ屋、田口屋の二代目、田口悟は、岩崎男爵家に、神田旭町に住む、岩崎男爵家次男、京さんこと、岩崎京介の家へ女中を雇いたいと依頼され、お咲とかいう女中が来るのを待っていた。はい、次!」
若い男──、口入れ屋の二代目は、芝居じみた口調で独り語ると、びしりと、玄関口に佇む、五十がらみの少し取っつきにくそうな、しわがれた声の主を指差した。
「お、俺かい?!俺は、田口屋に、誰か女中奉公は、いねぇか、適当な人間を、連れてきてくれって、いつものように頼まれただけなんだけどよ……。二代目、また、被りなのかっ?!」
しわがれた声を張り上げながら、男が、月子を見た。
「あー、こちらは、京さんのお客人みたいでね、女中奉公じゃないんだよ。だから、今回は、人は被ってねぇよ」
田口屋二代目の言い分に、後から来た男は、安堵の息をついている。
そして、
「おい、入って来な」
と、外へ声をかけた。
その声に従って入ってきたのは……。
風呂敷包みを抱えた、五つ六つに見える女の子だった。
「お咲、旦那さんに挨拶しな」
せっつかれる様に言われた女の子は、もじもじしながら、頭を下げた。
「いや、ちょっと!お咲ちゃんって?!」
二代目が、慌てる。
「おい!そんな子供を、女中として雇えというのかっ?!」
岩崎の大声が、響き渡る。
この、何がなんだかの有り様に、月子は、目を回しかけそうになっていた。