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テヒョンside
いつものように病室に行くと、ジミナの様子が見えない。布団がうっすら盛り上がっていて、そっと枕元をめくると、ジミナが丸まって泣いていた。
「ジ、ジミナ!どうしたの!?心臓痛い?ジン先生呼ぶ?」
「ダメ!!絶対、呼ばないで!」
「……ジミナ、その恰好…どした??」
よく見ると、ジミナの入院着は紐がほどけてはだけてお腹が見えているし、下のズボンは足に絡まっていてパンツ姿…。僕は慌てて、泣いているジミナのズボンをお腹まで引っ張りあげ、上衣の紐をキュッと結んだ。
「ねぇ、何かあったんでしょ?どうしたの?」
「ぐすん…なんでもないから、放っておいて…。せっかく来てくれたのにごめん、今日はもう帰っていいから…。」
僕は枕元にしゃがみ、ジミナの顔を両手で包んで涙を拭いながら言った。
「なんでもない訳ないじゃん?言ってみ?」
それでもジミナは、くるりと向きを反対にして僕に背を向け、また布団をかぶってしまった。
こんなジミナは初めてで、僕は途方に暮れて、一度頭を冷やそうと思い廊下に出た。
するとジン先生が来て言った。
「テヒョンごめん。ほんとにごめん。ちょっと話せる?ラウンジ行こうか」
ラウンジの椅子に座ると、ジン先生は言った。
「さっき看護師さんが薬を持って行ったんだけど、ジミナ泣いてるみたいで布団から出てこなくてさ…まだ飲めてないんだよね。」
「え?そうなの?それは早く薬飲ませないと…」
「ジミナまだ泣いてたでしょ…?あれ、たぶん俺のせいだわ。俺が全面的に悪い。ほんとにごめん…。」
「え?先生、何したの?」
「あのさ、実はさっき、ジミナが隣の病室の女の子と中庭に散歩に行ってたんだよね…。で、俺、それ見て、陰でからかうようなことを言っちゃって…そしたらそれ、ジミナに聞こえてたみたいで……」
「えー!?ダメじゃんそれー!何言ったの?」
「…女の子に車椅子押してもらってデートしてたとか、暑いのにパーカー着てたとか……ほんとにごめん!俺今からジミナに謝ってくるから!」
「い、いや。それ、謝らない方が…。もう!ジミナ繊細なんだから、余計なこと言わないでよ〜。」
「ご、ごめん……」
「ジン先生…僕たち15才でさ、一応思春期なんだけど……知ってた?」
「…思春期とか遥か昔すぎて…俺が悪かったってば…ほんとにごめん。」
「…ジミナがさ、何で長袖しか着ないか知ってる?…左腕が曲がってるのと、点滴や注射の跡を隠すためだよ…。僕にもそうは言わないんだけど、絶対そうだよ。そこ、絶対触れちゃいけないとこ…。」
「そ、そうなんだ…。俺気づいてなかった…。あ〜やっちまった〜(汗)」
ジン先生は頭を抱えてそう言った。
「大丈夫。あとは俺がなんとかするから、とにかく先生は、ジミナには何も言わないで。ね?」
僕は珍しく落ち込んでしゅんとしたジン先生をその場に残し、ジミナの病室に戻った。
あぁもうジン先生って、本当にデリカシーがないんだから…。
ジミナの入院着がはだけていた理由も腑に落ちた。きっと、自力で焦って私服から入院着に着替えようとしたんだな…。
僕は、ジミナの気持ちが手に取るように分かった。
「ジミナーそろそろ布団から出ておいでー?お薬飲まなきゃだよ。お薬飲めたら、お菓子買ってきたから食べよ?」
「何の…お菓子?」
「ジミナの好きなやつだよ。見てみ?」
ジミナは布団からひょっこりと顔を出した。顔は涙で濡れて、目が腫れている。
僕は、来る途中にコンビニで買ってきた、グミといちごパイを取り出す。
「先にお薬だよ。用意するから待っててね。」
僕はジミナのベッドを起こし、サイド棚に置いてあった薬の包みを開けた。ジミナが服用する薬は多くて、10錠ぐらいあった。
「これ…いっぺんに飲める?」
ジミナはフルフルと頭を横に振る。
「じゃあ2回に分けようね。はい飲んで。」
僕は力なくぺたんと座っているジミナの口に薬の半量を入れて、コップを口にあてがい水を飲ませた。
「ごくん…」
「上手に飲めたね。はいあと残り…。頑張って飲んじゃお?」
ジミナが薬を素直に飲んでくれて、僕はホッとした。
その時、点滴のスタンドを持った女の子が病室のドアから覗いているのが見えた。ラウンジでよく見かける、かわいい子だ…。
「オッパ〜。退屈で、来ちゃった…」
その途端、ジミナの顔付きが変わった。さっと手で涙を拭って、平静を装ってる。
僕は慌ててその子に言った。
「こんにちは。今お菓子食べようとしてたんだよ。食事制限とかない?一緒に食べる?ここ座りなよ。」
僕たちはジミナのベッドを囲んで3人でお菓子を食べた。
ジミナとその女の子は2人とも色白で、華奢で、お似合いだった。2人がニコニコお喋りしている様子はなんだかとてもかわいらしくて、僕は甘酸っぱい気持ちになった。
たまに学校に行っても人見知りで友達や女の子と話しているのも殆ど見かけないジミナが、同じ年頃の女の子と一緒にいるのは新鮮で、僕は嬉しかった。
その女の子が自分の病室に帰ると、僕は言った。
「ジミナ〜かわいい子じゃん!ジミナのこと、オッパって呼んでなかった?ジミナに懐いてるんだね〜」
「もう、そんなんじゃないってば!今日検査が怖いって泣いてたから、慰めてあげただけ…」
「そうなのー?良さそうな子じゃん。ジミナのこと、好きなのかも…」
「あのさ、テヒョン…僕、恋愛とか興味ないから!だからそんな風に言わないで。大体、こんな身体で……無理じゃん。」
「え?ジミナ…なんて?」
ジミナは俯いて言った。
「テ、テヒョンには…わかんないよ…。テヒョンは健康でカッコよくて、女の子にも人気あって。僕の気持ちなんて、分かる訳ないじゃん。僕は、恋愛とかする気ないから…。」
僕はジミナの目の前に椅子を近づけて座り直し、ジミナのさらさらした髪を撫でながら言った。
「僕は…さ、ジミナに、色んなことを諦めて欲しくない…。ジミナのいいとこいっぱい知ってるし。ジミナは気づいてないかもしれないけど、僕のクラスの女の子たちだって、ジミナのことかわいい、かっこいいって騒いでる子、結構いたんだよー?病気は、ジミナの全てじゃないでしょ?何で、諦めちゃうの…?」
俯いたジミナの目から、静かに涙が流れ落ちた。ジミナは震えながら、声を絞り出すようにして言った。
「テヒョンごめん…。そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。僕は…僕は、この身体で毎日生きるだけで、もういっぱいいっぱいだよ…(泣)いつだってだるいし、しんどいし、先生たちやテヒョンに手伝ってもらわないと1人では何にも出来ない。それにさ…その…何ていうか……」
「ん?何…?」
「だか…ら…、女の子と付き合ったら、すること…あるでしょ…?」
「あ、キス!?」
「あ…うん。違くて…その先の……身体の関係っていうか……」
「あ、ああ…うん。分かるよ(汗)」
「そのさ、そういう事だって…ぼ、僕の身体じゃあ…難しいと思うんだ…(泣)」
「…ジミナ〜そんな風に、考えてたの…?」
「ぐすん…この身体に、この心臓じゃあさ……(泣)」
「ジミナ〜そんなことないよ…泣かないで…」
僕はジミナの顔を両手で包み、手で涙を拭った。
「テヒョンいいんだよ。自分でもよく分かってる…。どうせ大人になったって、結婚することも子供をもつことも出来ないもん…。それだったら、恋愛なんて、しない方がいい…。」
ああジミナ…そんな将来のことまで、考えていたのか…。
僕はジミナの気持ちを分かっているつもりになっていて、結局全然分かっていなかったことに気が付いた。
ジミナだって、本当はここまで言いたくなかっただろう。僕がしつこく言ったから、言いたくないことまで、言わせてしまったんだ。いちばんデリカシーが無いのは、ジン先生じゃなくて、僕だ…。
勝手にジミナの初恋だと舞い上がってしまった自分が、恥ずかしかった。
ジミナの事が可哀想で……。
僕は、もう、何も言えなかった…。せつなくて、悲しくて、目の前が真っ暗になった…。