テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……自分の『好き』な子が他の男に狙われてる隙間だけは、どうしても笑って見てられないんだよね」
「……えっ……?」
「……誰にでも優しいって思われてるみたいだけど。本当は結構、独占欲強いんだよ、俺」
先輩はモップを放り出すと、私の両肩をそっと掴んだ。
逃げ場のない、体育館の隅。
指先から、バレー部員らしい熱い体温が伝わってくる。
profile
ヒロイン
前原 鈴奈 マエバラ スズナ
1年生 マネ
ヒーロー
古森 元也 コモリ モトヤ
2年生 選手
世界で一番君を拾う_。 Start
放課後の体育館。
バッシュが床をこする音も、ボールを叩く乾いた音も、もう聞こえない。
窓から差し込む夕方のオレンジ色が、ワックスの効いたフロアを長く照らしていた。
「あ……忘れ物、あった」
私、前原鈴奈は誰もいない体育館の片隅で、自分のタオルを見つけて小さく息を吐いた。
そのまま帰ろうと出口に向かったとき、フロアの真ん中に、人影があることに気づく。
キュッ、キュッ。
リズムよくモップを掛けているのは、2年生の古森元也先輩だった。
「……あれ、古森先輩? まだ残ってたんですか?」
声をかけると、先輩は手を止めて、いつもの明るい笑顔を私に向けた。
「あ、鈴奈ちゃん! 忘れ物?」
「はい、タオルを……。先輩こそ、聖臣くんと一緒に帰ったんじゃなかったんですか?」
「あはは、聖臣は『早く帰って除菌したい』って先に帰っちゃった。俺、最後にもう一回だけフロア拭いとこうかなって思ってさ」
「……偉すぎます、先輩。私、半分やりますよ!」
放っておけなくてモップを手に取ると、先輩は「助かるなー」と目を細めた。
並んでフロアを滑らせる。
沈黙の中に、モップの音だけが静かに響く。
「……ねえ、鈴奈ちゃん」
不意に、先輩が隣で口を開いた。
「はい?」
「今日の昼休みさ。……他校のやつと、楽しそうに話してたでしょ」
「えっ? ああ、中学が一緒だった友達ですよ。偶然会って……」
「……ふーん。友達ね」
古森先輩が、ぴたりと足を止めた。
私の前を塞ぐように、すっとモップが出される。
「……? 先輩、どうしたんですか?」
「……俺さ、リベロでしょ」
唐突な言葉に、私は首を傾げる。
「……はい、知ってますけど」
「チームの守備範囲は全部把握しているし、隙間は全部埋めるのが仕事。……でもさ」
古森先輩が、ゆっくりと私との距離を詰めてくる。
夕日に照らされた彼の瞳が、いつもよりずっと深くて、熱を帯びているように見えた。
「……自分の『好き』な子が他の男に狙われてる隙間だけは、どうしても笑って見てられないんだよね」
「……えっ……?」
「……誰にでも優しいって思われてるみたいだけど。本当は結構、独占欲強いんだよ、俺」
先輩はモップを放り出すと、私の両肩をそっと掴んだ。
逃げ場のない、体育館の隅。
指先から、バレー部員らしい熱い体温が伝わってくる。
「……鈴奈ちゃんの『特別』な場所。……俺以外に拾わせる気、全然ないから」
「古森、先輩……」
「……気づいてなかった? 俺がこんなに過保護なの、君にだけなんだけど」
少しだけ困ったように笑って、彼は私の額に、自分の額をこつん、とぶつけた。
まつ毛が触れそうな距離で、彼の甘い匂いが鼻をくすぐる。
「……ねえ。……返事、聞いてもいい?」
「……あはは! ごめんごめん、鈴奈ちゃん。今の、すっごい驚いたでしょ!」
パッと肩から手が離れる。
古森先輩はいつもの、親しみやすい「お兄ちゃん」のような笑顔に戻っていた。
「えっ……?」
「いやー、鈴奈ちゃんがあんまりにも無防備だからさ。ちょっとからかいたくなっちゃった。……冗談、冗談!」
先輩はケラケラと笑いながら、放り出したモップを拾い上げる。
でも、その動作はいつもより少しだけ雑で、何かから逃げるように急いでいるように見えた。
「……冗談、ですか」
「そうだよ! 聖臣にもよく『元也の冗談は質が悪い』って怒られるんだよね。……あーあ、顔真っ赤。大成功!」
私は、ホッとしたような、でも胸の奥がチリッと焼けるような、複雑な気持ちで立ち尽くす。
……やっぱり、私だけが意識してたんだ。
「……もう。心臓に悪いですよ、先輩」
「あはは、どんまい! ……じゃあ、片付け終わらせちゃおっか」
並んで歩き出す。
出口に向かう途中、古森先輩が私の少し後ろを歩きながら、ぽつりと呟いた。
「……でもさ」
「……え?」
振り返ろうとした瞬間。
彼は私の歩幅に合わせて横に並び、私の手をぎゅっと、壊れ物を扱うように、でも逃げられない強さで握りしめた。
「……っ。先輩、冗談……じゃ……」
「……『冗談』って言えば、君が隣にいてくれるでしょ?」
彼は前を向いたまま、繋いだ手にさらに力を込める。
横顔は夕日に照らされて影になり、表情が読み取れない。
「……今の全部、嘘だよ。……冗談なんて、一言も言ってない」
「……っ」
「俺、リベロだから。……君が離れていく予感だけは、絶対に拾いたくないんだよね」
彼は立ち止まり、握った手を自分の口元に寄せた。
指先に、彼の熱い吐息がかかる。
「……ねえ。……嘘でもいいから、今は『冗談』だと思っててよ。……じゃないと俺、もっとひどいことしちゃうから」
いつもの優しい先輩の「笑顔」が、今はひどく危うくて、独占欲に満ちた「男の顔」に見えた。
……逃げられない。
私は、彼の優しい檻の中に、自分から足を踏み入れてしまったことに気づいた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!