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ルーツ・ガーデンの朝は、これまでにないほど穏やかな静寂に包まれていた。
東の空から溢れ出した柔らかな陽光が
手入れの行き届いた芝生を黄金色に染め上げ、木々の葉に宿った朝露を宝石のように輝かせている。
今日は、かつて私を突き動かした「復讐の完遂」を祝う日ではない。
血の滲むような執念で世界中に張り巡らせた
「一円のネットワーク」が、初めての決算を無事に終え
滞っていた血流が新しい命として脈打ち始めたことを祝う──「収穫祭」の日だ。
会場を見渡せば、そこにはかつての「敵」も「味方」もなかった。
最前線で私を支え続けた海や陽太、秘書として
友人として寄り添ってくれた莉奈。
冷徹なまでの計数管理で支えてくれた山崎さん。
そして、あの苦しい時代、油にまみれた手で私を励ましてくれた町工場の職人たちが
立場や資本の壁を越えて、一円の隔たりもなく笑い合っていた。
私は一人、喧騒を離れてガーデンの象徴である巨大な楠の木の下に立った。
手には、この100日間
私の魂の記録を刻み続けてきた『再生の手帳』がある。
指先でなぞる表紙の質感は、使い込まれて随分と手に馴染んでいた。
ページをめくれば、そこには憎悪に震えた筆跡も
絶望に滲んだインクの跡も、再生への渇望もすべてが記されている。
しかし、辿り着いた100ページ目───
そこにはまだ、一文字も書かれていない。
白紙の向こう側に、これからの未来が透けて見えるようだった。
「……詩織さん」
背後から聞き慣れた足音がし、温かな重みが肩に触れた。
海だ。
彼はいつになく穏やかな、それでいて力強い眼差しで私を見つめていた。
「あんたが教えてくれた『一円の矜持』。それは単なる数字の計算じゃない。人の想いを、一滴もこぼさずに繋いでいくことだったんだな」
彼の言葉は、私を縛っていた最後の呪縛を解く鍵のようだった。
(お父さん……見ていてくれた?)
私の100日間は、どうだっただろうか。
地獄のような底を這いずり、憎しみの感情を最後の一滴まで使い切った。
復讐の炎を燃料にして走り続けた先に
ようやく見つけたのは、焼け野原ではなく、澄み渡るような凪の景色だった。
損得勘定ではない、嘘偽りもない。
私は今、自分自身という名の、一円の狂いもない「黒字」の人生に辿り着いたのだと、確信を持って言える。
私は歩きながら、静かに手帳を閉じた。
記すべき言葉は、もうペンではなく、私の歩みのなかにあった。
カバンの奥底に手帳をしまい込むと、肩の荷がふっと軽くなるのを感じた。
頬を撫でる風は、もう冷たくない。
陽太と一緒に、私たちの本当の意味での「一からの生活」が今、始まったのだ。
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#離婚
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