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カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝陽が、まぶたを優しく叩く。
ゆっくりと意識が浮上した瞬間
背中に感じる確かな熱と、腰に回された逞しい腕の感触に心臓が跳ねた。
「っ……!?」
昨夜、この部屋で、このベッドの上で交わした熱い口づけと、エレンの甘い囁き。
記憶が濁流のように押し寄せてきて、全身が沸騰したみたいにカッと熱くなる。
……あれは、夢じゃなかったんだ。
今まで感じていた孤独な夜が嘘のように、隣には大好きな人がいる。
「おはよう。よく眠れた?」
耳元で、少し掠れた低い声が響いた。
驚いて振り返ると、そこには寝起きの少し乱れた髪をしたエレンが、至近距離で私を見つめていた。
「う、うん……っ、エレンは起きてたの……?」
「うとうとしてた。スカーレットが僕の腕の中で、あんなに可愛く寝息をたててる姿を見ながら…ほんと、最高の気分だよ」
隠そうともしない愛おしげな眼差しで見つめられ、私はシーツに顔を埋めた。
「もう、恥ずかしい……っ」
「これからはいつでもこうして朝を迎えられる。嬉しいな」
エレンは子供のように嬉しそうに笑いながら、私を再びシーツごと強く抱きしめた。
彼の心臓の音が背中越しに伝わってきて、胸がいっぱいになる。
幸せな余韻を引きずったままの朝食後。
エレンが窓の外の澄み渡った空を見上げながら、ふと思い立ったように言った。
「ねえスカーレット。今日はいい天気だし、久しぶりに二人で街に出かけてみないかい?」
「え?それってデート?!」
思わず素っ頓狂な声が出てしまい、慌てて両手で口を押さえた。
そんな私の反応がツボに入ったのか、エレンは肩を揺らして小さく吹き出した。
「そうだよ。正真正銘のデートさ」
エレンは椅子から立ち上がり
私の隣まで歩み寄ると、まるでお姫様を誘う騎士のように優雅に手を差し出した。
「どう?行く?」
「い、行きたい!」
迷うはずなんてなかった。
彼の手を取りながら答えた自分の声が、弾んでいるのがわかる。
昨日までの、夫の顔色を窺ってばかりいた自分では考えられないほど
素直な言葉が口をついて出たことに自分でも驚いた。
「じゃあ、準備しておいで。玄関で待ってるから」
「うん!」
自室に戻る足取りは、いつの間にかスキップになりそうだった。
デート! 契約結婚の更新ではなく、本当の、大好きな人とのデート。
急いでクローゼットを全開にし、並んだドレスを一枚一枚吟味する。
(エレンはどんな洋服が好きなのかな……)
あれこれ迷った末に選んだのは、春の光を吸い込んだような淡いピンク色のワンピース。
着替えを終えて鏡の前に立つと、そこには頬を上気させ、自分でも驚くほど自然に唇の端を上げた私が映っていた。
(本当に変わったな……私。あんなに泣いてばかりいたのに)
準備を整えて階下へ向かうと、そこには既にエレンが立っていた。
いつもより少しフォーマルで、仕立ての良いジャケットに身を包んだ彼の姿に、思わず心臓がドクンと音を立てる。
「お待たせ、時間かかっちゃってごめんね?」
「全然待ってないよ。そのワンピース、スカーレットに似合ってていいね」
「よ、よかった! エレンどんなのが好きなのかなって……迷っちゃって」
「ふっ……そんなに迷ってくれたなんて、相変わらず可愛いことを言うね」
エレンは眩しそうに目を細めて微笑み、再び右手を差し出した。
「行こうか」
その大きな手を取り、エスコートされるまま玄関を出ると、抜けるような青空と心地よい風が私たちを祝福するように包み込んだ。
まず私たちが向かったのは、王都でも一番の人気を誇る、格式高いカフェだった。
窓際の特等席に案内され、エレンが手慣れた様子でメニューを広げる。
「ここは紅茶が美味しいんだ。スカーレットは何飲みたい?」
「私も紅茶がいいな。ストロベリークリームティーが有名だって聞いたことある」
「じゃあそれで決まりだね」
注文を済ませて一息つくと、私は改めて店内を見渡した。
王都一と言われるだけあって、内装は豪華でありながらも落ち着いた品格がある。
何より、大きなガラス窓から差し込む陽光が、テーブルの上の銀食器をキラキラと輝かせていて心地よい。
「あのね……実はこの店、昔からずっと気になってたんだ。でも、一人では入りづらくて……」
前の結婚生活では、一人で出かける自由も、夫と楽しくお茶をする時間もなかった。
寂しく外から眺めるだけだった場所。
「そっか。これからは二人で来られるね」
「うん! エレンといろんな所に行きたいな」
素直に笑いかけると、エレンもそれまでの侯爵らしい凛とした表情を崩し、柔らかく微笑み返してくれた。
「そうだね。一つずつ、君の願いを叶えていこう」
運ばれてきた紅茶は、想像していたよりもずっと芳醇で美味しかった。
甘酸っぱいイチゴの香りが鼻腔をくすぐり
口に含めばミルクのまろやかさと茶葉の深いコクが絡み合う。
「美味しい……!」
思わず感嘆の声が漏れる。
「だね」
エレンも自分のカップを傾けながら、満足そうに目を細めた。
その何気ない仕草すら絵画のように美しくて、見惚れてしまう。
「次はどこに行こうか?」
「うーん……本屋さんとかどうかな? 前に行った時、結構品揃え良かったから」
「いいね。どんな本が読みたい?」
「最近流行ってる恋愛小説とか、ちょっと興味あるかも……」
「じゃあ早速行ってみよう」
エレンは楽しげに応じ、さりげなく会計を済ませてくれた。
店を出て通りに出ると、昼下がりの涼やかな風が頬を撫でていく。
街ゆく人々の喧騒さえ、今は心地よい BGM のように感じられた。
繋いだ手に力を込めながら歩いていると、不意にエレンが足を止めた。
「どうしたの?」
「いや……ただ幸せだなって思っただけ」
飾らない、真剣な眼差しで見つめられて、言葉に詰まる。
「わ、私も……すごく幸せ……」
嘘偽りのない、胸の奥底からの気持ちが自然と溢れ出た。
その瞬間、エレンが愛おしさを堪えきれないといった様子で、優しく私の額にキスを落とした。
「……っ」
周囲から「あら」「まあ」と小さな歓声や冷やかしの声があがる。
私たちは顔を見合わせ、照れくささに頬を染めながらも、溢れるような笑顔で互いを見つめ合った。