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当面の気掛かりが何なのか、その正体に判別がつけられないまま、私たちは胡梅さんの御社を辞した。
『またいつでも遊びに来てね?』と、彼女は名残惜しそうに見送ってくれた。
朱色の鳥居を潜ると、そこは見慣れた高羽神社の境内だった。
ふと時計を確認して驚いた。
当の入り口を利用した20時から、まだ数分と経っていない。
先のは夢かと思うも、胡梅さんの声がはっきりと耳に残っている。
何方からともなく稲荷社に手を合わせた私たちは、ゆっくりと帰路についた。
「冷たいものでも飲んでいきませんか?」という友人のお言葉に甘え、天野商店にお邪魔する。
そこには先客がいた。
春見大社のふゆさんと愈女ちゃんだ。
なぜかオロオロとする二名の真向かいに、鬼の形相《ぎょうそう》をした史さんが座っていた。
理由を訊くと、この一件について情報交換に訪れた春見大社で、かの言ってはいけない名前を、そこかしこで連呼されたという。
まるで、その光景が目に浮かぶようだった。
それから、ほのっちが作ってくれた簡単な夜食を摘みながら、話し合いの場が設けられた。
今件が、狐の妖怪に纏わる騒動であること。
近隣の稲荷社における、神使たちのケアについて。
今後の方針として、やはり静観に徹するべきか否か。
途中で携帯を確認すると、幼なじみから“帰ったら連絡ください”とのメッセージが入っていた。
話し合いを終え、春見大社の二柱を見送ったのが、22時に差し掛かる頃。
「よかったら泊まってってくださいな」という友人の厚意に甘え、本日は天野家にお泊りさせてもらう事になった。
「………………」
客間に敷かれた布団に潜り込み、きょう一日の出来事を振り返る。
本当に目まぐるしい一日だった。
この世とあの世の狭間に坐す、お稲荷さまの御社。
胡梅さんの、立派なお家。
最初はどうなる事かと思ったけど、いい出会いがあって、いい体験をさせてもらった。
そういえば、胡梅さんも携帯を持っているようだったけど、せっかくだから番号を交換しておけばよかった。
いやそもそも、向こうの電波事情はどうなっているんだろう?
こっちから連絡して、通じるのかな?
通じるなら、わざわざ向こうへ出向かなくたって、楽しくおしゃべりができる。
午前と午後の八時台。
また今度、あっちへ行って確認しよう。
「………………」
目をつむり、耳を澄ます。 静かなものだ。
草木も眠る──には少し早いが、もう充分に深夜のため、商店の周辺に喧騒はない。
そんな静寂の中にあって、時おり聞こえる人の声、車の音を耳にした際、妙に安心感を覚えるのはなぜだろう?
たしかな生を感じ取れるからだろうか。
そこに人がいて、町がある。
この町は、まだ活動している。
そういった安心感に身を委ね、眠りにつく。
夕刻を指して逢魔ヶ時と言うが、本当に“こちら”と“あちら”の垣根が希薄になるのは、入眠の間際なのかも知れない。
ゆえに、生の実感を求め、それを見つけては安心する。
「ん…………?」
何やら、気配を感じたような。
頭は半分ほど眠っていたので、気のせいかも知れない。
もしかしたら、夢の走りだったかも。
そもそも、私はそれほど敏感なほうじゃない。
人の気配を読むなんて、そんなほのっちみたいな真似は
「うん………?」
いや、やっぱり気配がする。 なんだこれ?
こんな感覚は初めてだ。 圧迫感? ちがう。 視線、でもない。
暗がりのなか目を凝らし、スリット窓がはめ込まれた壁をまじまじと見る。
表に誰かいる。
直感的に、そう思った。
気にせず眠っても良かったが、やはり気になって寝つけそうにない。
のそのそと布団を抜け出し、細いガラス窓から外の様子を確認する。
「………………っ!?」
危うく悲鳴を上げそうになった所を、既に滑り込んだ柔らかな掌が、これを辛くも抑え込んでくれた。
「ほふぉ………?」
「し………」
見れば、片手で私の口元を覆った友人が、もう片方の人差し指を、自身の唇の前に立てている。
そうだ、そうだった。
あれからずっと、胸に引っ掛かっていたもの。
差し当たっての違和感はこれだ。
そもそも、事の発端は白砂神社、すぐ近所で起こった異変だった。
こういった事態も、充分に予測できたはずだ。
なぜ見落とした?
なぜ、今まで気付かなかった?
全国区という言葉に、惑わされた?
いや違う。
『すぐ隣に───』
胡梅さんは、きちんと“警告”をくれていた。
「………………」
ゴクリと喉を鳴らし、窓の外を見る。
ちょうど、店先に立つ電信柱の陰。
ぼんやりとした街灯を浴びながら、質朴な和装を着こなした青白い貌の美男子が、こちらをじっと見つめていた。
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