テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「ちょっと話してきます」という友人に、なかば腰砕けになりながらも追いすがる。


この状況で、独りになるのはさすがに心細い。


泣きそうな顔をしていたと思う。


そんな私の様子を確認し、あきれ調子で苦笑いをこぼした彼女は、私の身柄を半分ほどかかえるようにして、玄関を目指した。


「………………」


外に出ると、やはりあの男性がいた。


友人の肩越しに、恐る恐るのぞき見たところによると、どうやら直垂ひたたれもくされる武家装束ぶけしょうぞくに身を包み、今はうやうやしくこうべを垂れている。


身形みなりことなっているし、顔は確認しづらいが、映像で見た男性に間違いないと直感した。


「こんな遅くに何用ですか?」


友人が外向けの声色こわいろたずねた。


どことなく、冷淡れいたんなものを感じさせる語り口だ。


「はっ! 御目通おめどおかたじけなく!」


これに対し、男性は全身から声をしぼるようにして応じた。


まるで、時代劇の侍を見るような。


「ちょっと……! 近所迷惑なんで」


「は……っ、これは御無礼を!!」


「いや、だからね………」


慇懃無礼いんぎんぶれい


そんな言葉がふと脳裏をよぎったが、恐らくこの男性には当てはまらない。


それがしは、“御尾近侍おびきんじ琴親ことちかと申しそうらえば───」


ひたすら懇切丁寧こんせつていねいな、そしてどこまでも直向ひたむきな姿勢は、その裏に尊大な顔がひそんでいる可能性すら、微塵みじんも感じさせない。


「というか、まずはお手を上げてください」


滅相めっそうも御座りませぬ」


「いやいや………」


腰をかがめて持ちかける友人に対し、男性は“勿体無《もったいの》う御座ります”の一点張りでとおす。


決して卑屈ひくつというわけではない。


ただ、彼は純粋に上手じょうずなのだ。


おのれを低く、他者を高く持ち上げて見せる手腕に、根っからけているような印象だった。


「琴親、よい」


御屋形おやかたさま………」


そうこうする内、すぐそばの暗がりから声が掛かった。


きらびやかなにしきよそおった童女が、いつの間にかそこに居た。


幼いながら、恐ろしいほどの美貌びぼうの持ち主だ。


玉藻たまもの前の伝説が、脳裏にまざまざとよみがえるのを感じた。


「そちらは?」


「はい。 金毛九尾こんもうきゅうび後裔こうえい、名は結桜ゆらと」


九尾狐きゅうびぎつねの、ご子孫ですか………」


「夜分に御無礼とは存じますが、本日は御貴殿ごきでん御父上おちちうえ天國魂あめのくにたまの大神さまにたってのお願いが御座いまして、こうして参上した次第です」


そのように事情を述べた彼女は、近侍の男性とは対照的に、堂々としたたたずまいを崩さず、真っすぐにこちらを見据みすえていた。


敵意、では無いと思う。


何やら並々ならぬものが、悲壮ひそうな瞳の奥で燃えているように見えた。


「お願い……、願い事をしたいと? それはどのような?」


「………………」


童女は応じず、代わりに装いの片袖をゆったりと持ち上げてみせた。


「うわ………?」


思わず声が出た。


袖から無数に垂れ下がった糸が、ひるのようにうねり、蛇のようにのたくっている。


よく見れば、これが彼女の全身にからみつくように及んでおり、まるで装い自体がヌラヌラとうごめいているようだった。


「………呪いですか?」


しかり」


眉をひそめて問う友人に、童女は平然とした様子でこたえた。


さすがに九尾狐きゅうびぎつね末裔まつえいを名乗るだけあって、きもわり方が違う。


最初はそう思った。


「恐らくですけど、それは貴女あなたの御先祖さまが受けた呪いですよね?」


しかり」


「……我らが御祖みおやさまは、人間が説話として語るような残虐非道をなした事など、ただの一度としてありませなんだ」


詳述しょうじゅつを買って出た男性は、静かな口振りで、しかし言葉の端々はしばしいきどおりをにじませて、淡々とをついだ。


「そればかりか、人心じんしんに無用の恐怖を与えぬよう、深山みやま隠逸いんいつ………。 つつましやかな暮らしにてっしておりました」


もしそれが本当なら、今日こんにち語られる九尾譚きゅうびたんとは、大きくかけ離れた実態だ。


いや、どちらが真実か、考えるまでもない。


得てして、人間の好奇心はあらぬ妄想と結びつく。


急に自分が恥ずかしく思えた。


「だと申すに! 噂の流布るふとどまることを知らず………ッ!」


人目を忍ばず、袖口を使って目元を乱暴にぬぐった男性は、次いでギリギリと歯牙しがきしませた。


いつしか、童女の頬が小さく震えていた。


「九尾を恐れる人々の心が……っ、恐怖心が! 御祖みおやさまを雁字搦がんじがらめに縛りつけたのです!」


それは、もはや咆哮ほうこうに等しいものだった。


苦しい胸の内を、絶叫に乗せてぶちける。


「琴親……」と、肩で息をする男性を、童女がやんわりとたしなめた。


「ご覧の通り、やはり此方こなたらは妖狐ケダモノのようで……」


そう唱えた彼女の表情は、場面にそぐわず、一見して安らかなものに映った。


あきらめの色と自嘲じちょうを織り交ぜた、せめてもの朗色ろうしょく


この広い世の中に、これほど悲しい笑顔があるものかと思った。


震える頬を、涙がひと筋つたってゆくのが見えた。


この作品はいかがでしたか?

48

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚