テラーノベル
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Doctor.J――通称、博士の話は、いつものように終わる気配を見せなかった。
広大な研究施設の中央ホール。
無機質な白壁に囲まれた空間で、博士の声だけが幾重にも反響している。
誰一人として口を挟まない。
そこに立つ者たちは皆、無表情のまま直立し、ただ言葉を受け止めていた。
沈黙を破ったのは、助手のラウアだった。
「そろそろブレイクを取られてはいかがですか。話し始めてから三時間二十七分が経過しています。ドクターのお身体が心配です」
淡々とした声音。しかし、その瞳にはわずかな気遣いが宿っている。
長時間の講義には慣れている。
だが、以前、話し過ぎて喉を潰し、咳き込みながら倒れたことがあった。
あの時、医療班が駆け込むまで誰も動けなかったのだ。
博士は軽く顎に手をやり、満足げに息を吐く。
「ふむ……時間を忘れていたか。さすがの私も脳を酷使し過ぎたようだ。ブレイクとしよう。諸君、持ち場へ戻りたまえ」
指先が宙をなぞる。
空間に幾層にも展開されていた情報ウィンドウが、粒子となって分解し、静かに消えた。
α―A部隊は一糸乱れぬ敬礼を行い、研究施設を後にする。
外気に触れた瞬間、数名が深く息を吸った。
張り詰めていた神経が、わずかに緩む。
その空気を乱したのは、低く荒い声だった。
「ったく……あの博士、宇宙の始まりから語らねぇと気が済まねぇのか? 任務説明だろ、今日の。俺らは講義受けに来たんじゃねぇ」
水色の坊主頭、巨躯の男。
コードネーム――ガニメデ。
「起源がどうとか、原初生命がどうとか……で、結局“危険です”で終わりかよ」
彼は肩を鳴らしながら吐き捨てる。
そして、にやりと笑った。
「まあ、退屈凌ぎはあったけどな。あの助手――ラウア。あの無表情であの胸は反則だろ」
「本当に反吐が出るな」
冷たい声が刺す。
金髪ショート、紅い瞳の女。
コードネーム――イオ。
「脳まで筋肉で出来ている貴様に、彼女の価値は理解できまい」
ガニメデは鼻で笑う。
「価値? ああ、あるだろ。視覚的価値がな」
わざとらしく両手を広げる。
「お前は胸はねぇが……」
視線が下に滑る。
「尻は悪くねぇ。叩けば良い音がしそうだ」
空気が凍る。
イオの紅い瞳が、ゆっくりと細められた。
「今この場で、貴様の脊椎を一節ずつ引き抜いてやろうか? 神経を残したまま宇宙空間に放り出せば、貴様の悲鳴は真空で永久保存されるぞ」
「はっ……物騒だな。黙ってりゃ可愛い顔してんのによ。少しは愛嬌持てよ」
「貴様に向ける愛嬌など、細菌一匹分も持ち合わせていない」
殺気が膨れ上がる、その瞬間。
「そこまでにしておけ」
低く、重い声。
二人の間に立ったのは、年長の男。
コードネーム――ハウメア。
鋭い目。無駄のない体躯。
右目には半透明の情報ウィンドウが静かに展開され、戦術データが流れている。
知性と実戦経験の両方を備えた、隊の要。
「ここは戦場ではない。だが、もうすぐ戦場になる」
二人の視線が集まる。
「今回の任務は遊びではない。我々は先遣隊だ。本隊到着までの生存確率は20パーセント」
ガニメデの笑みが薄れる。
「……半分以下か」
「ああ。帰還保証はない。この星に骨を埋める覚悟を持て」
一瞬、静寂。
「だが報酬は破格だ。任務開始と同時に手付金が振り込まれる。成功すれば、生涯遊んで暮らせる額だ」
ガニメデの口角がわずかに上がる。
「……激ヤバだが、夢はあるってわけか」
イオが腕を組む。
「夢で死ぬのは御免だな」
ハウメアは部隊をゆっくりと見渡す。
「だから明日模擬戦を行う。実戦強度でだ。手加減はしない。神経を緩めたまま降下すれば、三秒で死ぬ」
「三秒か」
「長く見積もった」
その言葉で、空気が完全に変わった。
遊びは終わり。
彼らは戦闘部隊だ。
遠くで、研究施設の巨大扉が閉じる重い音が響く。
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