落ち着いたあと、私たちは横浜中華街を楽しむ事にした。
「尊さん、ここに来た事があるんですか?」
「何度かな。そこまで詳しい訳じゃねぇけど、自分で調べたのに加えて、知り合いからも話を聞いてオススメの店を教えてもらってはいる」
「さすがグルメ……」
感心して呟くと、尊さんが意地悪にニヤッと笑った。
「お前は食いしん坊だから、センサーが働くんじゃないか? この辺からピピッと」
そう言って、彼は私の額をツンツンつつく。
「もぉぉ……」
笑って肘で尊さんを小突いた時――、聞きたくない声が耳に届いた。
「……朱里?」
ギクッとして身を竦ませ、ゆっくりそちらを見ると、雑踏の向こうに亮平がいた。
「探したんだぞ。どこへ……」
歩み寄ってくる亮平はすぐ尊さんに気づき、彼が〝誰〟なのか、ピンときたらしい。
亮平が複雑な表情で固まっていると、尊さんは微笑んで挨拶をした。
「初めまして。朱里さんのお兄さんの亮平さんですね。私は彼女とお付き合いしております、速水尊と申します」
「あ……、ああ、初めまして。上村亮平と申します」
亮平は尊さんに喧嘩を売られると思っていたのに、意外にも明るく挨拶されて調子を崩している。
私も一瞬心配してしまったけれど、やっぱり尊さんは大人だ。
彼はその場の感情で突発的に行動しない。
怜香さんによって鍛えられた鋼のメンタルがあるから、亮平ごときでは動じない。……のだと思う。
内心ムカついてはいるだろうけど、彼はそれを表に出さない大人だ。
「今日、朱里さんからは『実家に向かう』と窺っていました」
それを聞き、亮平の顔が強張る。
「ご家族に『結婚する事にした』と伝えるためと聞いていましたが、きっと緊張していたのではと思います。急な予定とはいえ、横浜まで連れてきてもらって息抜きになったんじゃないでしょうか」
うおおう……。尊さん、すっごいギリギリのところを攻めてる。
彼は亮平が自分の一存で横浜に来たのを「分かっていますよ」と暗に伝えながら、それを直接責めずにフォローしている。
……なんというか、京都人の「おたくの息子さんのピアノ、上手ですねぇ」
(意訳:ピアノがうるさいんですけど)に似ている。
亮平も言われた内容を理解したようで気まずい顔になり、一瞬にして尊さんは優位に立った。
もしも尊さんが気の短い人なら、義兄になる人でも「心配させんなゴラァ!」となっていたかもしれない。
そこまでいかなくても、普通なら険悪な雰囲気になってもおかしくない。
(心配して電話を掛けてくれたのに、出た瞬間、亮平が取り上げて切ったもんなぁ……)
心の中で呟いた時、私は亮平にスマホをとられたままなのを思いだした。
「あっ! スマホ返して!」
慌てて手を突き出すと、亮平はコートのポケットに入れていたスマホを返してくれた。
危ない……。忘れていた訳じゃなかったけど、忘れるとこだった。
尊さんは私がスマホをポケットに入れるのを確認してから、亮平にニコッと笑いかけた。
「飯、食いましたか?」
「いや……」
「じゃあ、三人でどうです? もう昼過ぎですし、中華街に来ておいて何も食べずに帰るのは勿体ないので」
攻めるなぁ!
私はびっくりして尊さんを見るけれど、彼は悠然と微笑んだままだ。
動じていない彼は「俺に任せておけ」と言っているみたいで、そんな態度をとられたら逆らう気持ちもなくなる。
(尊さんが一緒なら怖くない。……むしろ尊さんがなんとかしてくれるなら、頼りたい)
彼がノープランでこんな提案をしたと思えず、『攻撃こそ最大の防御だ』って言われている気がする。
「……分かりました」
少しの間呆けていた亮平は、しぶしぶ了承する。
「じゃあ行きましょうか。好きな料理ありますか? 俺は点心が食いたいですね」
「私は小龍包食べたい」
私はすかさず自分の希望を言う。
「亮平さんは?」
尊さんは私の手を握り、亮平との間を歩く。
もうその態度からバッチバチなんだけど、あくまで物腰柔らかだ。
これが大人の戦い方なのかな。……というより、場合によってはこっちのほうが怖いかも。
コメント
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自分を真ん中にしてしっかり朱里ちゃんと手を握る尊さん✨😍 亮平覚悟した方がいいと思うよ〜😏