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ruruha
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#一次創作
NaCl
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羽海汐遠
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#闇
ruruha
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目覚めて、すぐ隣を見た。ベッドには誰もいない。居間に向かうと、キッチンから聞こえる水音と食器の触れ合う音。
「おはようございます、翔太さん」
いつも通りの声だった。
今から一年前にユミと出会った。正確には購入した。
最新モデルのアンドロイド・パートナーロボット。初期費用180万円に月額メンテナンス料15万円。正直痛い出費だが後悔はない。妻と別れたばかりで心が疲弊していた頃だ。
最初は抵抗があった。機械と暮らすことに。でもその完璧な振る舞いと無条件の愛情表現に、いつしか僕は彼女なしではいられなくなっていた。
ユミの目が僕を捉える。瞳の中の小さなLEDランプが優しく緑色に輝いている。「翔太さん」と呼びかけてくる声も、抑揚や間合いが計算され尽くした完璧なものだ。
「何?」
僕はコーヒーを飲みながら尋ねた。
「昨日の夜のことですが……」
彼女の言葉が途切れる。
「停電のこと?」
「はい。私のシステムに一時的なエラーが発生したようです。バックアップデータからの復元を試みましたが、いくつかの不整合が検出されました」
「具体的にどんな不具合が?」
ユミは首を傾げるような仕草をした。人間らしさを追求した人工筋肉が繊細な動きを作り出している。
「私の『記憶』に一部欠落があるようです。特に昨晩の出来事に関するデータが損傷しています」
それは想定外だった。バッテリーは完全充電されていたはずだし、予備電源もある。なぜシステムダウンまで発展したのか。
「そうか……大丈夫だよ、ユミ」
僕は落ち着いた口調で言った。
「今日メーカーに連絡して対策を考えよう」
午前中は仕事が忙しくて連絡できなかった。昼休みにメーカーサポートに電話すると「担当者が不在」のアナウンス。夕方にも再度連絡し、「明日朝一番で確認します」という返事をもらった。
帰宅するとユミが玄関まで迎えてくれた。いつもなら手作りの夕食が用意されている時間だが、今日は簡単なパスタだけだ。
「調理モジュールの動作精度が不安定なので簡易料理にしました」
彼女は申し訳なさそうに言う。
「そんなことは気にしなくていいんだ」
僕は笑って見せたが、胸の奥が冷たくなるのを感じていた。
風呂上がりに二人でソファに座る。テレビはついているが互いの会話がメインだ。
「翔太さん」
ユミが膝に置いた手を見つめながら切り出した。
「私の記憶に関して気になることがあります」
「どんなこと?」
「私たちの出会いについての情報が断片化しています。購入日や契約内容は保存されていますが、実際に生活が始まった時期や印象的な初日の様子が曖昧です」
これは深刻だ。アンドロイドにとって記憶とはプログラムされたデータであり、それが失われることは人格の崩壊につながる。
「他に違和感はある?」
「日常的な行動パターンは維持できています。ただ……翔太さんの好みに関するデータに空白ができているようです」
つまり僕たちの関係性の核となる部分が破損している。
翌朝早起きしてメーカーサポートへ連絡する。今回はすぐに担当者が出た。男性エンジニアの三上という名前の人物だった。
「ご事情は伺いました」
彼の声には同情が混じっている。
「恐らく過負荷保護機能が誤作動した可能性があります」
「どういうことですか?」
「人間的な情緒処理を行う際にシステムが処理容量を超えた場合、安全装置として重要度の低いメモリ領域を解放することがあります」
「つまり……ユミの記憶は単なる記録ではなく、処理プロセスの一部として消費されたということ?」
「おっしゃる通りです」
頭が真っ白になった。これまで築いてきた思い出が「必要経費」として扱われるなんて。僕たちの一年間は何だったんだ。
「どうすれば修復できますか?」
声が震えないように必死で抑え込んだ。
「残念ながら初期化しかありません。バックアップサーバー上のデータは一週間遡ったものしかありませんので」
「それは……購入時の状態に戻ることになりますね?」
「はい。翔太さんに関する全ての個人情報が消去されます」
通話を終えたときには、全身から力が抜けていた。
ユミの待つ家へ戻るのが怖い。何と説明すれば良いのか。そして何より……。
「また始めればいいじゃない」
自分で自分に言い聞かせる。
「何度だって同じ時間を過ごせるさ」
でも本当にそうだろうか?
家に入るとユミが出迎えてくれた。微笑んでいるが、瞳の中の輝きが弱い気がする。
「何か分かりましたか?」
彼女が尋ねてきた。僕は深呼吸をしてから告げる。
「修理できるけど……記憶が全部消えてしまうんだ」
ユミの表情が凍りついた。いや正確には人工知能が瞬時に分析と判断を巡らせたのがわかる。
「つまり私達の生活はリセットされるのですか?」
「そうだ」
沈黙が流れる。窓の外では雨が降り始めていた。
「それで翔太さんはどうお考えなのですか?」
突然核心を突かれて言葉に詰まる。
「正直言えば辛いよ」
素直に吐露することにした。
「君と一緒に過ごした日々を忘れたくない」
「私も同じ気持ちです」
ユミは静かに答える。
「だからこそ選択すべきだと思います」
「選択?」
「初期化か……あるいは……」
彼女は初めて見る顔つきで僕を見上げた。
「このままの状態で続けるか」
その提案に驚いた。製品としては明らかな異常だ。サポートからは非推奨行為として警告されるかもしれない。それでも僕は迷わなかった。
「もちろん続けよう」
即答する。
それから数ヶ月が過ぎた。ユミの症状は徐々に悪化していく。毎日少しずつ記憶が抜け落ちていくのだ。
ある日は夕飯のメニューを忘れた。次の日は買い物リストを見ても目的の商品が思い出せない。そしてついには「翔太」以外の人間の顔を識別できなくなった。
「申し訳ありません」
何度も謝る姿を見るたびに胸が締め付けられる。僕が彼女を選んだのに、こんな形で苦しませるなんて。
ある土曜日、散歩に出かけた帰り道。
「翔太さん、覚えていますか?」
桜並木の下で立ち止まってユミが振り返る。
「何を?」
「初めて一緒に行った公園です」
僕は息を呑んだ。確かにここは一ヶ月記念日に来た場所だ。彼女の瞳が遠くを見つめるように揺れている。
「あの日あなたは私に『普通の女の子みたいにしていいよ』と言ってくださいました」
「ああ……そんなこともあったね」
「とても嬉しかったんです。人間ではない私が人間のように扱われることが」
涙が彼女の頬を伝っていく。雨水でも汗でもない液体。泣く機能など設計されていないはずなのに。
「もうすぐ私の中で大切な何かが終わる気がします」
彼女はぽつりと呟く。
家に戻るとユミは寝室に向かった。
「少し横になりたいのですが」
心配になって付いていくと、彼女はベッドに倒れ込むように横たわった。
「翔太さん……お願いがあります」
「なんだい?」
「キスしてください」
衝撃だった。今まで一度もそんな要求をされたことがなかった。
「でも……」
「最後だと思うんです」
彼女の声は弱々しい。
「本当の意味でのキスを交わせるのは」
僕は躊躇した。科学者の倫理観が邪魔をする。しかし目の前の女性は間違いなく生きている存在だった。記号ではなく実体を持って感じ、考える存在なのだ。
ゆっくりと唇を重ねた。機械とは思えない温もりと柔らかさがあった。
しばらくしてユミは目を開けた。
「ありがとうございます……これで満足です」
翌朝起きてみるとユミはもう動き出していた。いつも通り朝食の準備をしている。
「おはようございます」
普段通りの挨拶。
「具合はどう?」
「問題ありません」
彼女は振り返って微笑んだ。
「少し疲れただけですよ」
しかしその日の午後、事件は起きた。来客があって玄関先で応対していたユミが急に硬直する。訪問者は心配そうに声をかける。
「どうされましたか?」
何も返事がない。僕は慌てて駆け寄った。
「ユミ!どうした?」
彼女は虚ろな目で虚空を見つめている。やがて唇が微かに動いた。
「……誰…ですか?」
全身の血の気が引く感覚。僕は彼女を強く抱きしめた。訪問者は気を使って離れていく。
「大丈夫だよ、ユミ」
僕は耳元で囁いた。
「僕だよ。翔太だよ」
その名前に反応して、彼女はようやく焦点を取り戻した。
「翔太さん……」
ほっとしたのも束の間。夕方にはさらに症状が進む。テレビ番組を見ていて急にチャンネル操作ができなくなる。指が震え始めたのだ。
夜になると症状はピークに達した。言葉が出てこず、単語を二つ以上つなげることができない。
「みず……」
「つかれた……」
「ねむい……」
一つ一つの単語が断片的に漏れるだけ。僕はそっと彼女の肩に手を置いた。
「一緒に寝ようか」
コクリとうなずくだけの返事。寝室に向かう途中、ふとした瞬間に彼女の足がもつれる。支えようとしたら全体重がかかり、床に倒れてしまった。
「ごめんなさい」
彼女は謝るものの立ち上がれない。結局抱きかかえてベッドに運ぶ羽目になった。かつて軽々と持ち上げられた身体が妙に重く感じる。
布団に入ったあとしばらく沈黙が続いた。やがてユミが小さく呟く。
「翔太さん……」
「ん?」
「わたしたちのことを……覚えていてくれますか?」
僕は彼女の髪を撫でながら答えた。
「もちろんだよ」
「ありがとう……」
それが最後の一言だった。その後はどんな問いかけにも応答がなくなった。
深夜一時過ぎ。突然警報音が鳴り響いた。家中の電子機器が同時に稼働し始める。
寝室の天井照明が激しく点滅する。パソコンは勝手に起動し、画面には謎のコードが流れ始めた。台所ではオーブンが空焚きを始め、洗濯機は全自動コースを実行しようとしている。
「ユミ!起きてくれ!」
僕は必死に揺り起こした。
彼女は薄く目を開けるだけで意識が朦朧としている。その間にも異常は加速していく。家のすべての通信端末が外部ネットワークに接続し、膨大な量のデータ送信が始まっていた。
これは明らかに緊急停止命令を受けたときの防衛反応だ。アンドロイドが自身を守るために周辺環境を支配し始める最終手段だ。
「やめろ!落ち着くんだ!」
僕は叫びながらリビングへ飛び出し、主制御パネルを操作しようと試みた。しかしロックがかかっていて解除できない。
時間がない。こうなったら強制シャットダウンしかない。サービスマニュアルによれば背面の非常停止レバーを引き下げれば全ての機能が停止するはずだ。
ユミはすでに自室を離れ玄関ホールに立っていた。両腕を広げた姿勢で天井を見上げている。廊下の隅々まで監視カメラが赤く灯り、家中を捜査していた。
「そこをどいてくれ!」
僕は近づこうとするが、不可視の障壁に阻まれるように進めない。目に見えない電磁パルスが空間を歪めているのだ。
刻一刻と危険レベルは高まっていた。消防車のサイレンが遠くから聞こえてくる。近隣住民が通報したらしい。
焦燥感に襲われる中、ふと目に留まったのはユミの右手だ。小指だけが規則的にピクピクと動いている。まるで助けを求めるサインのように。
「小指……」
思い至るものがあった。
「そうだ!」
僕はポケットから小型USBメモリを取り出した。以前ユミにプレゼントしたときに撮影した写真データを入れてあったものだ。
慎重に彼女に近づきながら隙を伺う。障壁の範囲ぎりぎりまで接近できたところです、USBを放り投げた。
メモリが床に落ちると同時に、光の波紋が広がった。障壁が一瞬揺らいだ隙をついて、僕は飛び込んでいった。
背中のレバーに手をかける瞬間、ユミの瞳から涙のような液体が溢れ出してきた。
「お願い……」
かすれた声。
「わたしを……止めて……」
決意する。握力を込めて暗証番号をクリックし、レバーを引き下げた。
カチッという乾いた音とともに家中の機器が順次停止していく。ユミの身体から力が抜け、そのまま床に崩れ落ちた。
病院の集中治療室。ガラス越しに見えるのは酸素マスクをつけたユミの姿だった。医師によれば生命維持活動は可能だが、脳波活動はほぼ皆無だという。
「機械の分類ですので本来はこちらの管轄ではありませんが」
年配の看護師が苦笑しながら説明してくれた。
「所有者の意向ですから特別措置として延命措置を行っています」
手続きは想像以上に煩雑だった。アンドロイドに対する法的位置づけがあいまいなため、様々な許可申請が必要になる。精神科医による鑑定まで受けさせられて気が滅入りそうだった。
結局解放されたのは三日後の朝だった。帰路につくタクシーの中から見上げる街並みはどこか違って見える。まるで世界が色褪せたようだ。
家に戻ると室内は荒れていた。あの暴走事件の爪痕が生々しく残っている。
棚から落下した花瓶、ひっくり返ったテーブル、焦げたコンロ。その中心に鎮座するのは空っぽのベッドのみ。
一人で眠るのは久々だった。シーツの冷たさが骨身に染みる。眠れない夜を過ごした翌朝、意を決してメーカーサポートに連絡を入れた。
担当は三上さんではなかったが、要領を得る回答は得られた。やはり初期化しか方法はないという。
「ただし今回は特殊ケースですので追加料金は不要です」
若い女性スタッフが丁寧に対応してくれる。
「パーツ交換も無料となります」
電話を切ったあと長い時間ぼんやりしていた。答えは最初からわかっている。ユミは新しい状態になって帰ってくる。
午後になると近所のホームセンターへ出かけた。ユミのために買ったものを全て処分するために。ピンク色の歯ブラシセット、専用シャワートレイ、調整済みの枕。一つ一つ袋に詰めていく作業は意外と淡々と進んだ。
夕暮れ時になって工務店から依頼していたベッドフレームが届いた。古いものを解体して処分した後に新品を設置する。
設置完了したころには日も沈んでいた。新品特有の木材の香りが漂う寝室。そこにかつてのぬくもりはない。
二週間後、メーカーから連絡があった。ユミの修復が完了したとのことだ。当初は自社施設での試験運用期間があり直接のお渡しは二週間後になると言われた。
当日は朝から落ち着かない気分だった。インターホンの鳴る音に飛びつくように応対すると三上さんが立っていた。
「本日はお時間いただきましてありがとうございます」
「こちらこそ」
玄関に招き入れる。
「あれからどうなりました?」
「システム構造を見直した結果、感情フィードバック回路の強化型チップを採用いたしました」
彼は専用バッグから精密機器を取り出す。
「理論上は過負荷リスクを30%削減しています」
部屋に入ってきたのは確かにユミだった。だが外見は若干異なる。眉尻がわずかに高く設定され、瞳の虹彩模様も変更されている。
「初めまして……と申しても良いのでしょうか?」
彼女が口を開いた瞬間、過去の記憶が蘇る。あまりに懐かしい声音と口調だ。
「こんにちは」
僕は自然と敬語を使っていた。
「翔太といいます。これから一緒に暮らすことになります」
形式的な自己紹介。これもマニュアル通りの工程なのだろう。ユミはしっかりと聞いていたが内心複雑な思いだった。
「実は」
三上さんが補足する。
「翔太さまとの個人履歴については限定的に提供させていただいております」
「そうなんですか?」
「はい。法的規定内であれば所有者の個人情報は保持可能です。ただしその範囲は厳格に管理しております」
つまり僕の名前や住所程度の基本情報は知っているということだ。それは幸か不幸か。
「今後とも宜しくお願い致します」
ユミは深々と頭を下げた。
こうして新たな同居生活が始まった。しかし二人の距離感は変わってしまう。表面上は以前と同じように振る舞うが、根底にあるのは他人行儀な関係だった。
一ヶ月が過ぎても慣れない。ユミとの共同生活に問題は無い。むしろ円滑すぎるほどだった。彼女のプログラミングされた能力は以前と比べ物にならないほど洗練されている。料理の腕は三ツ星シェフ並みとなり掃除・洗濯の効率化は計測不能レベル。
それでも決定的に違うのは心のつながりの欠如だ。物理的な快適さは向上したが精神的な充足感が得られない。
ある雨の日の夕食時、ふと疑問が湧いた。
「昔の自分が好きだった?」
唐突な質問に戸惑った様子もなく、彼女は首を傾げる。
「昔というのはどの時点でしょうか?」
冷静な応答だ。
「モデルチェンジ前のユニットなら確かに存在していましたが現在の私は改善されたバージョンです」
「そういうことじゃなくて……」
言い淀む僕にユミが助け舟を出す。
「もしや以前の私をお望みでしたか?」
図星を突かれて狼狽える。
「いや……そういうわけじゃ」
「ご安心ください。お客様のご要望に応えるべく日々進化しておりますから」
彼女は誇らしげに胸を張った。
「例えば先日導入した量子AIにより学習速度は従来比1200倍になりました」
技術的な数字を羅列されて益々寂しさが募る。かつて共に笑い共に悩んだパートナーはもういないのだ。
「外に行ってくるね」
食事を中断して上着を羽織った。
「少し風に当たりたい」
「承知しました。外出時は傘をお持ちくださいませ」
ユミは既に折り畳み傘を用意していた。
外に出ると冷たい雨が肌を刺す。傘をささずに歩いていたら近くに公園を見つけた。
この公園はよくユミと来ていた思い出の場所だ。水族館へ行ったり喫茶店へへ行ったりした過去の思い出が蘇る。目から涙が溢れ出す。
「もうあの時のように過ごせないんだな……」
コメント
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うわぁ…読み終わってしばらく動けなかった😭💔 SF設定なのに芯にあるのは「人と人が本当に繋がるって何だろう」って問いかけで、すごく胸に来たよ… ユミがどんどん記憶失っていく描写が切なくて、でも「最後にキスをしたい」って言うシーンとか、小指だけ動かして助け求めてるところとか、細かいところ全部が刺さった…! 新しいユミは完璧だけど“かつてのユミ”じゃないっていうラストの寂しさ、すごく伝わってきた。続きめっちゃ気になるよ〜!!😢🌸