テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ドイ日
ドイツ←←←日本
から
ドイツ→→→←←←日本
になる。
蛍光灯の白い光が、やけに目に刺さる。
終電はとっくに過ぎている。
オフィスに残っているのは、俺と、規則正しく点滅するパソコンの待機ランプだけだった。
「……はぁ」
肩を回すと、鈍い痛みが走る。今日も、あの上司に無茶な修正を何度もやらされて、気づけばこの時間だ。
「先輩、まだやってたんですか」
振り返ると、日本がいた。
後輩。名前を呼ぶのも面倒で、いつも「お前」で済ませているけど、唯一この会社でまともに話せるやつ。
「帰れよ。お前、明日もあるだろ」
「先輩こそですよ」
そう言って、いつもみたいに笑う……はずだった。
でも今日は、違った。
どこか元気がなくて、目も少し赤い。
「……飲み、行きません?」
「は?」
思わず顔をしかめる。何度も誘われて、そのたびに断ってきた。
「無理。見て分かるだろ」
「今日は、来てくださいよ」
しつこい。いつも通りなら一蹴して終わりだったのに。
今日はなぜか、言葉が詰まった。
……こいつ、こんな顔するやつだったか?
「……仕事、半分やれ」
「え?」
「その代わりだ。さっさと終わらせて帰る」
「……はい!」
ぱっと顔を明るくする。その変わり身の早さに、少しだけ呆れた。
その判断が、間違いだった。
居酒屋のテーブルには、空いたグラスが並んでいる。
「お前、飲みすぎだろ」
「大丈夫ですってぇ〜」
全然大丈夫じゃない。
日本は異様なペースで酒を流し込み、顔を真っ赤にしていた。
最初は心配だった。
途中からは、少し引いていた。
「……なんかあったのか」
「……先輩、優しいですね」
質問に答えず、そう言って笑う。
その笑い方が、さっきと同じで、やっぱりおかしい。
「別に。普通だろ」
「普通じゃないです」
ぐい、と距離が近づく。
「先輩、俺にだけ優しいです」
「は?気のせいだろ」
「気のせいじゃないです」
やけに真っ直ぐな目で見られて、思わず視線を逸らした。
……なんだこれ。
変な空気だ。
「俺、ずっと___」
「やめとけ」
遮った。なんとなく、聞いたらまずい気がした。
でも、止まらなかった。
「ずっと、好きでした」
空気が、一瞬で固まる。
冗談じゃない。
そんな顔でもない。
「……は?」
「先輩のこと」
日本の目から、ぽろっと涙が落ちた。
「ずっと見てました。しんどそうにしてるのも、無理してるのも」
「お前……酔ってんだろ」
「酔ってるから言えるんです」
笑いながら、また泣く。
正直、ちょっと引いた。
でも、それ以上に___
どこか、心臓の奥がざわついた。
店を出た後、案の定、日本はまともに歩けなかった。
「ほら、タクシー」
「やだ……」
「やだじゃねぇよ」
ドアを開けて押し込もうとする。
そのとき。
くい、と袖を掴まれた。
「……まだ帰りたくない、です」
小さな声。
でも、やけに響いた。
「……はぁ?」
「もうちょっとだけ……先輩と……」
視線を落とすと、日本は泣きそうな顔でこっちを見ている。
さっきの言葉が、頭の中で繰り返される。
『ずっと、好きでした。』
「……離せ」
言ったのに、離さない。
むしろ、強く握られる。
「離しません」
「……なんでだよ」
「だって、帰ったら終わっちゃうから」
意味が分からない。
でも、分かってしまう。
このまま帰したら、全部なかったことになる。
今日のことも、あいつの気持ちも。
「……お前な」
理性で切り捨てるつもりだった。
なのに。
気づいたら、タクシーのドアを閉めていた。
運転手に「キャンセルで」とだけ告げて。
「……行くぞ」
「……え?」
「帰らねぇんだろ」
自分でも、何やってるのか分からない。
でも、もう止める気もなかった。
袖を掴んだままの日本が、小さく笑う。
その顔を見た瞬間、何かが決定的に崩れた気がした。
「先輩……優しいですね」
「……うるせぇ」
そう言いながら、掴まれたままの袖を、振りほどかなかった。