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その日、玲那は少しだけ早く登校していた。それだけで、異変だとわかった。
いつもはギリギリに入ってきて、
笑顔で「やっほ〜♡」と挨拶をかましてから席につくのに、
今日は最初から、自分の席に座ってスマホを睨んでいた。
SNSのストーリーは、昨夜の投稿を最後に、更新されていない。
⸻
「玲那ちゃん、今日メイク違う?」
「ね、目元濃くなった?」
「でもそれもアリかも〜!」
周囲の女子たちは気を遣うように褒める。
けど、誰も本心じゃないのが分かる。
彼女の******“崩れかけてる空気”******が、もう教室中にじわじわ広がっている。
そして、玲那自身も気づいている。
笑顔を作るたび、小指が動く。
それが彼女の“無意識の自己修復行動”だと、私はもう知っている。
⸻
昼休み。私は彼女の机に近づいた。
わざと、みんなの前で。
「玲那、そのリップ…いつもよりピンク強め?かわいい」
玲那は瞬時に反応した。
「あ、わかる?変えてみたの〜!」
「うん、でも昨日の方が“抜け感”あってナチュラルだった気がする。
川上さんの今日のリップ、見た?」
一拍の間。
彼女の顔から血の気が引いたのが、はっきり分かった。
笑うまで、1秒遅れた。
その1秒は、世界でいちばん気持ちいい沈黙だった。
⸻
放課後。
私は図書室の窓際にいた。
もう一度、あの男を見つけたかった。
すると、いた。
西園寺 瞬。
静かに本を読んでいるふりをして、
スマホを机の下で動かしていた。
私は隣の席に座った。
彼は驚かなかった。むしろ、待っていたように。
「面白い壊し方をするね、君は」
彼の言葉に、私は静かに笑った。
「言い方が悪いな。
私はただ、彼女が“もともと持ってた脆さ”を、
ちょっとだけ引き出しただけ」
「その”ちょっと”が、致命傷になることを理解しててやってるんだろ?」
沈黙。
私たちは、お互いに目をそらさずにいた。
彼の目は、冷たいけど、どこか…苦しそうだった。
⸻
「玲那の投稿、見た?」
私が訊いた。
彼はスマホを開き、画面を見せてきた。
《#好きな自分でいられなくなった時、
誰かが「無理しないで」って言ってくれたらよかった。》
私はそれを読んで、少し笑った。
「それ、私が送ったの」
「匿名で?」
「もちろん」
⸻
西園寺は少しだけ目を見開いてから、ぼそりとつぶやいた。
「君、たぶん――本当に”感情”を持ってないわけじゃない。
ただ、“使わないって決めてる”だけだ」
私の中で、何かがカチリと音を立てた。
その通りだ。私は、感情を持っている。でも必要ないから、しまってある。
それを初めて、他人に言われた。
⸻
玲那は、次の日、学校を休んだ。
担任は「体調不良と言っていたが、詳細は聞いていない」とだけ言った。
誰も深く追及しなかった。
誰も、気づこうともしなかった。
その日の教室は――玲那がいたときより、静かで、穏やかだった。
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私は、思った。
人を壊すって、こんなに静かなんだ。
誰も叫ばない。血も出ない。ただ、消えるだけ。
それが、心地よかった。