テラーノベル
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地下訓練施設の射撃場には、使われなくなった標的が並んでいた。
壁には古い弾痕が無数に残り、天井から吊り下げられた照明は、一定の間隔で明滅している。
カキは射撃ラインの前で、拳銃を両手に握っていた。
「今日こそ、ちゃんと撃ってみせる!」
勢いよく宣言したカキに、レイが冷たい視線を向ける。
「声が大きい」
「気合いを入れてるんだよ!」
「銃を扱う者に必要なのは、気合いより確認だ」
レイはカキの前に立ち、拳銃の状態を確認した。
「安全装置を確認。弾倉を確認。銃口の向きを確認。指は引き金にかけない」
カキは一つずつ頷いた。
「安全装置、確認。弾倉、確認。銃口、確認。指は……」
カキの人差し指が、引き金のすぐ上で止まった。
「かけない」
「そうだ」
レイはカキの手を取って、正しい位置へ直した。
「撃つ直前まで、ここだ」
「分かった」
少し離れた場所では、メバルたちが訓練の様子を見ていた。
メバルは木剣を持ち、マサカゲは腕を組んでいる。ミステーは壁に寄りかかり、アオノは端末で射撃場の設備を確認していた。
K-Tはいつものように、全員から少し離れた場所に立っている。
腰には拳銃、トンファー、ガラケー警棒。
そして、紫色の鞘に収められた刀。
「カキ、撃つ前に何を確認する?」
K-Tが尋ねた。
「標的!」
「それだけではない」
「標的の後ろ、左右、手前。仲間の位置と、外した弾の行き先」
「よし」
K-Tは頷いた。
「足の位置も見る。撃った反動で身体が流れないようにしろ」
「了解!」
カキは射撃姿勢を取った。
両足を開き、肩の力を抜く。
レイが横から細かく指示する。
「右足を半歩下げろ。肘を張るな。肩を上げるな」
「注文が多い!」
「敵は注文を聞いてくれない」
「はい!」
カキは正面の標的へ銃口を向けた。
標的は、人の形をした金属板だった。
距離は約十五メートル。
カキは息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「撃っていい?」
「まだだ」
K-Takasaka
55
#K-Takasaka
K-Takasaka
141
K-Takasaka
132
#K-T
レイが答えた。
「周囲を確認しろ」
カキは標的の奥を見た。背後は厚い防弾壁。左右には誰もいない。射撃ラインから離れた場所には、メバルたちがいる。
「確認した。撃っていい?」
「指を確認」
カキは自分の指を見た。
引き金に触れている。
慌てて指を戻した。
「あっ」
「今の状態なら、撃つつもりがなくても発砲する」
「気をつける」
「銃を持つ者は、気をつけるだけでは足りない。癖にしろ」
カキは頷き、もう一度構え直した。
そのとき、射撃場の奥で機械音がした。
古い標的の一つが、突然横へ移動する。
カキの視線がそちらへ向いた。
「動く標的もあるの!?」
「訓練施設だからな」
アオノが答えた。
カキは慌てて銃口を動かした。
「銃口を動かすな!」
K-Tの声が飛ぶ。
カキは慌てて銃口を下げた。
「ご、ごめん!」
「謝る前に、構えを戻せ」
カキは深呼吸した。
しかし、緊張と焦りで、指が再び引き金へかかった。
その直後だった。
銃が暴発した。
乾いた銃声が、射撃場に響き渡る。
一発ではない。
カキの手元で拳銃が跳ね、二発、三発と弾丸が放たれた。
銃口が大きくぶれる。
弾丸は標的を外れ、射撃場の横へ飛んだ。
そこには、メバル、マサカゲ、ミステー、アオノがいた。
「みんな、避けて!」
カキが叫ぶ。
メバルたちは反応したが、弾丸の速度には追いつけない。
K-Tが一瞬で前へ出た。
トンファーが右手に現れる。
K-Tは弾丸の軌道へ割り込み、飛来する銃弾を見極めた。
一本目。
トンファーの側面で叩き落とす。
二本目。
回転した柄で弾道をそらす。
三本目。
先端を正確にぶつけ、壁へ向けて弾き飛ばす。
金属音が連続して鳴り、弾丸が床や壁へ散った。
最後の一発が、メバルの顔の横を通過する。
K-Tは身体をひねり、トンファーを振り抜いた。
弾丸が軌道を変え、防弾壁へめり込む。
射撃場が静まり返った。
誰も動けなかった。
K-Tは、まだカキの拳銃を見ている。
「Kさん……」
メバルが声を震わせる。
「今、銃弾を叩き落とした?」
「そうだ」
「トンファーで?」
「そうだ」
「何でそんなことできるの!?」
「近かったからだ」
「近くても普通はできないよ!」
カキは拳銃を握ったまま、呆然としていた。
銃はまだ手の中にある。
レイがカキへ向かって歩き出した。
「カキ」
「は、はい!」
「銃を持つな」
「え?」
レイは一歩で間合いを詰めた。
大剣を抜くことはない。代わりに、折りたたまれた柄を横へ振り抜く。
柄がカキの手首を正確に打った。
「痛っ!」
カキの指が開き、拳銃が床へ落ちる。
銃は数回跳ね、射撃場の奥まで滑っていった。
「武器を落とされた……」
カキが自分の手を見つめる。
レイは低い声で言った。
「今のお前は、銃を持っているだけで仲間を危険にさらす」
「……ごめん」
「謝罪では弾丸は戻らない」
レイは床に残った弾痕を見た。
「原因を理解しろ」
K-Tが壁にめり込んだ弾丸を確認している。
防弾壁に三つの穴が開いていた。
「安全装置はかかっていたはず」
アオノが端末を見ながら言った。
「発射機構が、通常の拳銃と異なる」
「どういうこと?」
メバルが尋ねる。
「引き金を引いた一発目の反動で、内部の部品が連続作動している」
アオノは拳銃を遠隔スキャンした。
「訓練用に調整されたものではない。誰かが内部を改造している」
K-Tが拳銃を見つめた。
「カキ、その銃はどこで手に入れた」
「施設の武器庫にあったんだよ。使っていいって思って……」
「誰かに渡されたわけではない?」
「うん」
K-Tは銃を拾い上げる。
内部には、見慣れない小さな部品が取り付けられていた。
アオノが画面を拡大する。
「この部品だけ、施設の設計規格と一致しない」
レイが近づいた。
「外から持ち込まれた?」
「可能性が高い」
アオノは部品の構造を解析する。
「ただし、製造年代が不明。現在の技術ではない」
K-Tの表情がわずかに変化した。
「未来の部品かもしれない」
メバルが振り返る。
「未来?」
「まだ断定できない」
アオノが答えた。
「しかし、通常の機構ではない」
カキは床に落ちた拳銃を見つめていた。
「私が撃ったんだよね」
「正確には、撃つ判断を誤った」
レイが言う。
「暴発は銃の異常だとしても、銃口を仲間の方向へ向けたのはお前自身だ」
カキは唇を噛んだ。
「私、みんなを撃つところだった」
「撃たなかった」
K-Tが言った。
「Kさんが止めてくれたから」
「次は自分で止めろ」
K-Tはカキへ拳銃を返さなかった。
「銃は預かる」
「もう使えない?」
「今は使わせない」
カキは悔しそうに拳を握った。
レイが彼女の前に立つ。
「銃を撃つことより、撃たないことの方が難しい」
「撃てば敵を倒せるのに?」
「撃てば、敵だけを倒せるとは限らない」
レイはカキの胸元を指で軽く叩いた。
「引き金を引く前に、頭の中で三つ確認しろ。敵か。射線に仲間はいないか。撃った後、何が起きるか」
「三つ……」
「一つでも答えられなければ、撃つな」
カキはゆっくり頷いた。
その日の午後、カキは射撃を一度も許されなかった。
代わりに、空の拳銃を持って、構える、下ろす、周囲を確認する、指を戻すという動作を何度も繰り返した。
十回。
二十回。
百回。
「まだ?」
カキの腕が震えている。
「まだだ」
レイは答える。
「確認の動作が遅い」
「でも、ちゃんとやってる!」
「敵の前で確認に三秒かければ死ぬ」
K-Tが横から言った。
「一秒以内に周囲を確認しろ」
カキは歯を食いしばった。
もう一度、拳銃を構える。
標的を見る。
左右を見る。
背後を確認する。
指を引き金から離す。
銃口を下げる。
「今のは?」
カキが尋ねる。
「前よりましだ」
K-Tが答えた。
「それ、褒めてる?」
「評価だ」
「レイちゃんと同じ!」
メバルが笑った。
レイはメバルへ視線を向けた。
「お前も訓練を追加する」
「何で!?」
夕方になり、射撃場の明かりが落ちた。
カキは疲れ切って床へ座り込んでいる。
アオノは、暴発した拳銃から取り外した部品を端末へ接続していた。
「解析結果が出た」
全員がアオノの周囲へ集まる。
「この部品には、施設内の記録装置へ接続するための通信機能がある」
「通信?」
マサカゲが尋ねる。
「誰かが、この拳銃を通じて施設へアクセスしていた可能性がある」
画面に、暗号化されたデータが表示された。
その中に、一つだけ読み取れる文字列があった。
『X』
K-Tは画面を見た。
レイも、彼の横顔を見つめている。
「知っている名前か」
レイが尋ねた。
「まだ分からない」
K-Tは答えた。
「でも、俺たちの動きを見ている奴がいる」
アオノの端末に、新たなデータが表示された。
『戦闘記録保存』
『対象:K-T』
『対象:レイ』
『未来予測モデル――起動準備』
地下訓練施設の奥で、また機械音が響く。
誰もいないはずの監視室で、一台のモニターが点灯した。
そこには、訓練中のカキの姿が映っている。
続いて、K-T、レイ、メバル、マサカゲ、ミステー、アオノの姿が順番に映し出された。
最後に画面へ映ったのは、紫色の鞘に収められた刀だった。
画面の端に、短い文字が浮かぶ。
『記録開始』
誰かが、地下施設のすべてを見ていた。
コメント
1件
第4話、一気に読んじゃいました!カキちゃんの緊張が手に取るように伝わってきて、引き金にかける指が逆に怖くなりましたね。そして何よりK-Tさんのトンファーで弾丸叩き落とすシーン、わかってても「えっ!?」って声出ました(笑)。最後の『記録開始』の冷たい感じ、もうゾワッとしました…続きが気になりすぎます!