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その沈黙が、重く部屋に響く。
窓の外からは、鳥のさえずりが聞こえてくる。
そして、再び口を開いた。
「なあ、楓くんさ」
その声のトーンが、いつもと違うことを物語っていた。
真剣な、しかし優しい響きがあった。
「俺になんか隠し事してるだろ?」
その言葉に、心臓が跳ね上がった。
「え……」
図星だった。
隠し通すことなど、最初から無理だったのかもしれない。
動揺を隠せないまま、仁さんの顔を見る。
彼は真っ直ぐに俺の目を見つめていた。
その瞳は、俺の心の奥底まで見透かしているようだった。
「最近何かおかしいと思ってたんだ、店に行っても
終始上の空だし」
仁さんの言葉が、俺の心の奥底を見透かされているようで、息が詰まる。
彼の観察眼の鋭さに、ただただ驚くばかりだった。
「だから気になってたんだが、今日の様子見て確
した」
そう言って彼は俺の目を真っ直ぐ見つめてくると、さらに続けた。
その視線から逃れることができなかった。
まるで、俺の心の扉をこじ開けようとしているかのようだった。
「何か悩んでることあるんだったら話してくれないか?」
その言葉は、まるで凍りついた心を溶かすかのように温かかった。
仁さんの優しさが、俺の頑なな心を揺さぶった。
「お前に何かあったら俺が一番心配だしな」
そう言われて、胸がチクリと痛むような感覚を覚える。
仁さんの純粋な優しさが、俺の頑なな心を揺さぶった。
けれど、ここで泣いたらダメだということも分かっていたので、グッと堪えていた。
しかし、仁さんのその言葉を聞いて
抑えきれなくなった涙がまた一筋、頬を伝って流れ落ちていった。
止めようとしても、涙は止まらない。
「す、すみません、これは…違くて……」
必死に否定しようとするが、言葉にならない嗚咽が漏れる。
喉の奥から絞り出すような、情けない声だった。
すると、そんな俺を見た彼は
一瞬驚いたような表情を見せた後で、俺の頭を優しく撫でてくれる。
その手のひらの温かさが、さらに涙を誘った。
まるで、幼い頃に兄に頭を撫でられた時のように、安心感に包まれた。
「話せるようになったら話してくれればそれでいい。それまでは待ってるから」
仁さんの言葉は、俺の心を縛る鎖を解き放つようだった。
無理に話すことを強要しない
その優しさが、俺の心を深く癒した。
「ははっ…相変わらず、優しいですね…仁さんは」
無理に苦笑いをしてそう言うと、仁さんは俺の目を見て予想外の鋭い言葉を放った。
「無理に笑うのもやめたらどうだ?」
その言葉に、涙を拭いながら顔を上げる。
彼の目は、俺のりの笑顔の奥にある悲しみを見抜いていた。
「泣くのは悪いことじゃない、我慢する方が余計辛くなるだろ」
そう言って、彼は再び俺の頭に手を添えて撫でてくれる。
その温かい手が、俺の心をゆっくりと解きほぐしていく。
彼の指先が、俺の髪を優しく梳いた。
「なにか、あったんだな」
その問いかけに、首を横に振る方が無理だった。
もう、隠し通すことはできない。
俺の心のダムは、完全に決壊してしまった。
「…っ。はい……」
そう答えると、仁さんは少し困ったような顔をしながらも俺の言葉を待っていてくれた。
その静かな待機が、俺に話す勇気を与えた。
部屋の中には、俺の嗚咽と仁さんの優しい息遣いだけが響いていた。
それからしばらくして、俺は重い口を開いた。
「実は……先週の夕方、兄さんと喧嘩したんです」
声が震える。
その記憶を辿るだけで、胸が苦しくなる。
あの日の光景が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇った。
「喧嘩…..?」
仁さんが静かに問い返す。
彼の声は、俺の言葉を遮ることなく、ただ受け止めてくれるようだった。
「はい、それで……その日、仁さんと会って家にお邪魔してたみたいなんですけど、覚えてますか?」
俺の問いに、仁さんは少し考えてから答えた。
「ああ、先週ならそうだな。コーヒーを飲んで少し話したぐらいだけど」
その言葉に、俺はさらに深く息を吸い込んだ。
あの日の出来事が、一つの線で繋がっていく。
「そのときに、どうやら仁さんのタトゥーが見えたようで…俺の兄、ヤクザ嫌いですから……」
「仁さんと付き合ってることカミングアウトしたら
今すぐ別れろとか引っ越せって言われて……」
言葉にするたびに、あの日の光景が鮮明に蘇る。
兄の怒りに満ちた顔
「……なるほどな」
仁さんは静かに頷いた。
その表情は、どこか諦めを含んでいるようにも見えた。
彼の顔に、微かな影が落ちた。
「お前とあの人は住む世界が違うって言われて…分かってたけど、いざ目の前に叩きつけられると…なんていうか…上手く、言葉に出来ないんですけど…っ」
そこまで話したところで、仁さんは
「それで…喧嘩になったのか」と聞いてきた。
俺は首を横に振った。
「違うんです、それはただの始まりに過ぎなく
て…」
「俺が仁さんのことを隠してたことで兄さんに〝楓は裏切ってるだろ、俺のこと〟って言われてムカッときて」
「その流れで、以前…母親に言われたことを兄に聞いてみたんです」
その言葉を口にするたびに、喉が締め付けられるような痛みが走った。
「母親……?…バーに来たあの女性か?」
仁さんが確認するように尋ねる。
彼の声は、俺の言葉を促すように優しかった。
「そうです……俺、兄さんなら、俺がそんなことするわけないだろって驚いたように反論してくれると思って、聞いたんです」
兄は俺の味方だと信じていた。
だからこそ、あの質問は、俺にとって最後の砦だった。
兄が、俺の期待を裏切るはずがないと、心の底から信じていた。
「そしたら……?」
仁さんが先を促す。
彼の瞳が、俺の言葉の続きを待っていた。
「兄さん…否定、しなかったんです」
その言葉を口にした瞬間
俺は堪えきれずに嗚咽を漏らしてしまった。
喉の奥から絞り出すような、情けない声だった。
全身が震え、涙がとめどなく溢れ出した。
「兄さんは、俺を売ったんだって、母さんに脅されたって言ったけど……言い訳にしか聞こえない
し…っ」
涙が止まらない。
兄の言葉が、俺の心を深く抉ったのは事実だ。
信じていた兄に裏切られたという事実が、俺の心を粉々に打ち砕いていた。
「兄さんはうざいぐらいブラコンだけど……ずっと、俺の味方だと思ってたから…結局、兄さんにすら俺って愛されてなかったのかなって……っ」
そう言うと、仁さんは俺の背中をトントンと優しく叩いてくれた。
その温かい手が、俺の震える体を少しだけ落ち着かせる。
彼の存在が、俺の唯一の支えだった。
「そうか……」
そう言う仁さんの声を聞いて、また涙腺が緩むのを感じる。
その声は、俺の悲しみに寄り添ってくれているようだった。
彼の言葉一つ一つが、俺の心を包み込む。
「俺……兄さんに「出てけよ」とか「二度と顔も見たくない」って酷いこと言っちゃって……今、すごく後悔してるんです」
後悔の念が、波のように押し寄せる。
兄を傷つけた言葉が、今も耳にこびりついて離れない。
あの時、もっと冷静になれていれば
あんな言葉を口にすることはなかったのに。
「兄さんは、俺のことを守るために言ってくれたって頭ではわかってるのに…俺にとっては、仁さんも、兄さんも大切で大好きな人だから……」
「理解してもらえないのも苦しいし…っ、脅されたといえど…ずっと、ずっと信じてた兄ざんに…っ、ひっ………う、売られたと思うと……っ」
そう言ってまた涙がこぼれるのを感じた。
すると、仁さんは何も言わず、ただ黙って俺を抱きしめてくれた。
その温かい体温に包まれて、安心感と共に言いようのない罪悪感を覚える。
彼の腕の中で、俺は子供のように泣き続けた。
「俺のせいで、苦しませてごめんな」
仁さんの声が、頭上で響く。
その言葉に、俺はハッとして顔を上げた。
「なんで、仁さんが……っ」
「全て俺の責任だ」
仁さんの言葉は、まるで俺の心をさらに深く突き刺すようだった。
「いやっ、そんな…仁さんが悪いわけじゃないです…っ!!俺が……」
俺は必死に否定する。
仁さんが自分を責める姿を見るのが、何よりも辛かった。
俺のせいで、彼がこんなにも苦しんでいる。
「楓くんは何も悪くない。楓くんみたいなちゃんと普通に生きてる子を好きになったのが間違いだったのかもしれない」
「……っ、ま、間違いって…」
その言葉に、胸が締め付けられる。
仁さんが自分を卑下するたびに、俺の心は引き裂かれるようだった。
「体に刺青が入ってる男なんか、家族が受け入れられるわけない。こうなることは初めからわかってたのにな……」
仁さんの声には、深い悲しみと、諦めが滲んでいた。
彼の瞳の奥に、諦めと悲しみが混じり合っていた。
「そ、そんな…やめてくださいよ………っ!たとえ仁さんが何者でも、俺は…!」
俺は仁さんの腕を掴み、必死に訴える。
彼の言葉は、俺たちの関係を否定しているようで、これ以上聞きたくなかった。
「楓くんは、お兄さんとちゃんと仲直りするべきだ。しっかり話し合えば、見えてくるものもある」
そう言われて、俺はまた胸が痛むのを感じる。
仁さんの言葉は、俺の幸せを願っているからこそだと分かっていたが
それは同時に、俺と仁さんの関係が終わることを示唆していた。
「それは………っ」
俺が言葉を詰まらせると、仁さんは俺から離れて
一呼吸置いてから口を開いた。
「楓くん。俺達は、別れた方がいいかもしれない」
その言葉が、俺の耳に届いた瞬間
世界が音を失ったかのように静まり返った。
心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
「はっ……?」
掠れた声で呟いた後、呆然としていると、仁さんは俺の目を見て続けた。
その瞳には、深い悲しみが宿っていた。
彼の声は、まるで遠い場所から聞こえてくるようだった。
彼の声は、まるで遠い場所から聞こえてくるようだった。
「楓くんがこれ以上苦しまないようにしたい」
その言葉は、俺への優しさから出たものだと分かっていた。
しかし、それは俺にとって、何よりも残酷な宣告だった。
「そ、そんな…そんなの嫌です……っ!俺は……」
俺は仁さんの腕に手を伸ばすが、彼はそれを避けるように少し身を引いた。
彼の指先が、俺の指に触れることなく、すり抜けていく。