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康二の病室を後にした深澤は、他のメンバーとも別れ、一人、溜め息をついた。今日の出来事が、まるでスローモーションのように頭の中を駆け巡る。熱で苦しむ康二の顔と、怒りに満ちた目黒の顔。そして、涙を堪える康二の姿。
(どっちの気持ちも、わからんでもねぇんだよな…)
ポケットを探ってスマホを取り出した、その時だった。画面が光り、着信を知らせる。そこに表示された名前に、深澤は思わず眉をひそめた。
『目黒 蓮』
噂をすれば、だ。意外にも、あいつからかけてくるとは。深澤は一瞬の驚きを悟られないよう、ひとつ咳払いをしてから、わざと少し低い声で通話ボタンを押した。
「…もしもし」
『…ふっかさん、お疲れ様です。今、大丈夫ですか』
電話の向こうから聞こえてきたのは、いつもの落ち着いたトーンとは程遠い、硬く、そして微かに震えているような目黒の声だった。
「おー、お疲れ。どうした?」
『…あの、康二、大丈夫でした?』
やはり、その用件か。深澤は、今日の康二の姿を思い出し、少しだけ冷たい声色で返した。
「良かったわ。もう康二のことなんて、どうでもいいって思ってるのかと思ってた」
チクリと棘を含んだ言葉に、電話の向こうで目黒が息を呑むのがわかった。
『…違うんですよ…』
目黒は、かき消えそうな声で否定した。
『楽屋を出る時…康二が、泣きそうな顔してるの、わかってたんです。わかってて、俺…あんな酷いこと言って、出てきてしまって…』
その声は、明らかに後悔の色を滲ませていた。言葉の端々が震え、今にも泣き出してしまいそうな、そんな危うさを孕んでいる。
『ごめんなさい…俺が泣いていいなんて、思ってないんですけど…っ、でも、どうしたら…』
何度も「ごめんなさい」と繰り返す声は、もうほとんど懇願に近かった。
深澤は、耳を疑った。てっきり、「康二は入院して大丈夫なんですか?」とか、「怒らせてしまったんですけど、どうしたらいいですかね?」といった、もう少し冷静な相談だと思っていた。だが、電話の向こうの目黒は、ただひたすらに自分の不甲斐なさを責め、後悔に打ちひしがれている。
(あ、こいつ…泣くほど後悔してたんだ)
その事実に、深澤は今日二度目の大きな驚きを感じた。普段はポーカーフェイスで、あまり感情を表に出さない後輩の、知らなかった一面。そして、その不器用な優しさに、呆れと同時に、どうしようもない愛おしさが込み上げてくる。
深澤は少しだけ天井を仰いで、それから決心したように口を開いた。
「…目黒、今時間あるか?」
『え…?あ、はい。一応…』
「じゃあ、飯奢ってやる。今からいつもの居酒屋に来い」
『え、でも…』
「いいから、来い。話はそこで聞いてやる」
それだけを一方的に告げると、深澤は目黒の返事を待たずに通話を終了した。スマホをポケットにしまいながら、小さく苦笑する。
「ほんっと、手のかかる後輩だよ、お前らは」
夜の空気を吸い込みながら、深澤は馴染みの店の暖簾へと足を向けた。弟たちのために、今夜は兄貴がひと肌脱いでやるか。そんなことを考えながら。