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くるみ_226
205
ゆずな
1,081
第1話 素直じゃない朝
カーテンの隙間から、柔らかな朝日が部屋へ差し込む。
静かな寝室に響くのは、スマートフォンのアラーム。
午前6時30分。
「……ん……」
布団の中から白い手が伸び、手探りでスマホを探す。
ようやく見つけると、アラームを止め、そのまま再び布団を頭までかぶった。
「あと5分……」
小さく呟き、ぬくもりの中へ逃げ込もうとする。
その時だった。
コンコン、と寝室のドアが優しくノックされる。
「仁人。起きてる?」
落ち着いた低い声。
聞き慣れた、安心する声。
「……起きてる。」
布団の中から返事をすると、ドアの向こうで小さく笑う声がした。
「その返事、信用できないな。」
「できる。」
「ほんと?」
「……。」
返事が止まる。
数秒後。
ガチャ。
「ちょっ……勝手に入るな!」
勢いよく布団から顔を出した仁人は、寝癖だらけのまま勇斗を睨んだ。
そんな姿を見た勇斗は、思わず吹き出す。
「やっぱり起きてなかった。」
「起きてた!」
「じゃあ何で布団に潜ってるの?」
「寒い。」
「今日は25度あるよ?」
「……気分。」
仁人はぷいっと顔を逸らした。
勇斗はベッドの横へ歩いてきて、仁人の頭をぽんぽんと軽く撫でる。
「ほら、朝ごはんできてる。」
「……あと3分。」
「1分。」
「けち。」
「会社に遅れるぞ。」
「……。」
仁人はむすっとしたまま布団から出る。
少し大きめのTシャツに、ぼさぼさの髪。
眠そうに目をこする姿は、本人が思っている以上に幼く見えた。
勇斗はふっと笑う。
「かわいい。」
その一言で、仁人の動きが止まる。
「……今、何て言った。」
「かわいい。」
「言い直すな!」
耳まで真っ赤に染まった仁人は、ベッドの枕を勇斗へ向かって投げた。
勇斗は難なく受け止める。
「ナイスコントロール。」
「返せ!」
「はいはい。」
「その『はいはい』嫌い。」
「知ってる。」
「なら言うな。」
「照れる仁人が見られるから。」
「……っ!」
言葉に詰まり、仁人は勇斗を軽く睨む。
しかし、その顔は怒っているというより、照れを隠そうとしているようにしか見えなかった。
勇斗はそんな仁人が愛おしくて仕方がない。
「ほら、朝ごはん冷めるぞ。」
「……分かった。」
ぶつぶつ文句を言いながらも、仁人は勇斗の後ろをついてリビングへ向かった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
食卓には焼きたてのトースト、スクランブルエッグ、サラダ、それに温かいスープ。
「いただきます。」
二人の声が重なる。
しばらく静かな時間が流れた。
「今日、残業?」
勇斗がコーヒーを飲みながら尋ねる。
「あるかも。」
「迎えに行こうか。」
「いらない。」
即答だった。
「一人で帰れる。」
「知ってる。」
「じゃあ。」
「でも心配。」
その言葉に、仁人はパンを持つ手を止めた。
「……子どもじゃない。」
「分かってる。」
「なら放っといて。」
「放っておけない。」
「なんで。」
勇斗は少しだけ照れくさそうに笑った。
「恋人だから。」
仁人は目をぱちぱちと瞬かせる。
こういうことを勇斗は、何のためらいもなく言う。
だから困る。
「……そういうこと、朝から言うな。」
「本当のことだけど?」
「……ばか。」
牛乳を一気に飲み干し、顔を隠すようにコップを置く。
勇斗はその様子を見て、優しく微笑んだ。
照れ隠しに「ばか」と言う仁人が、昔から好きだった。
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昼休み。
会社近くの公園でベンチに座っていると、遠くから元気な声が飛んできた。
「仁人!」
振り返ると、親友の太智が缶コーヒーを片手に歩いてくる。
「また一人で昼飯?」
「悪いか。」
「別に? 隣いい?」
「勝手にしろ。」
太智は笑いながら腰を下ろした。
「そういえばさ。」
「?」
「勇斗さんとは順調?」
「……急に何。」
「いや、最近会ってへんから。」
「普通。」
「普通って言うやつほど、普通じゃないんだよな。」
「うるさい。」
太智は仁人の横顔を見てニヤリと笑う。
「朝、また『かわいい』って言われたん?」
仁人の肩がぴくっと震えた。
「図星。」
「違う。」
「耳赤いで。」
「暑いだけ。」
「今日は涼しいけど?」
「……。」
「分かりやす。」
「笑うな。」
太智は腹を抱えて笑い出す。
「昔から変わってへんな、お前。」
「変わってないのはお前だ。」
「それ褒めてる?」
「褒めてない。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
同じ頃。
勇斗は会社近くのカフェで、柔太朗と舜太と昼食を取っていた。
「勇斗。」
柔太朗がストローをくるくる回しながら口を開く。
「最近どうよ、仁人くん。」
勇斗は少しだけ口元を緩める。
「相変わらず。」
「ツンツン?」
「うん。」
「でもかわいいだろ?」
「うん。」
即答だった。
舜太は思わず苦笑する。
「迷いがないね。」
「だって本当だから。」
「はいはい、ごちそうさま。」
柔太朗が肩をすくめる。
「惚気かよ。」
「そんなつもりはないけど。」
「十分惚気。」
三人の笑い声が店内に響く。
◇ ◇ ◇
仕事を終えた仁人が会社を出ると、駅前には見慣れた人影が立っていた。
黒いスーツに、少し無造作な髪。
スマホを見ながら待っているその姿を見つけた瞬間、仁人はため息をつく。
「……だから来なくていいって言ったのに。」
勇斗は顔を上げ、穏やかに笑った。
「お疲れ。」
「聞いてた?」
「聞いてた。」
「じゃあ何で。」
「会いたかったから。」
たった一言。
それだけで、仁人の胸はどくんと高鳴る。
ずるい。
そんなことを真っすぐ言われたら、何も言い返せなくなる。
「……ばか。」
小さく呟くと、勇斗は笑って仁人の隣に並んだ。
「帰ろう。」
「……うん。」
二人は肩を並べ、夕焼けに染まる帰り道を歩き出す。
当たり前のように隣を歩けるこの時間が、仁人は少しだけ好きだった。
でも、それを口にするには、まだ少しだけ勇気が足りなかった。
コメント
1件
ゆずなさん、第1話拝読しました🌷 朝の寝起きの攻防、めちゃくちゃ可愛かったです!仁人が「起きてる」って言いながら布団に潜ってるの、もう完全に読めてしまうのに、勇斗さんの優しいツッコミと撫でる仕草が温かくて。照れて枕投げるところも、「ばか」って呟くところも、全部仁人らしくて愛おしいですね。 お昼に親友たちにからかわれる二人の対比も自然で、夕方の「会いたかったから」には私も胸が跳ねました。一言に込められた想いが素敵です。続きが気になります!