バルザは酷い頭痛で目が覚めた。半身を起こすと腰に痛みを感じ、見た事も無い石の台座に寝かされていた事に気付く。半身をクルリと回すと大きな女神像が穏やかな表情で出迎えてくれた。
像の前には二つの寝台が八の字を描く様に並び、真っ赤な蝋燭《ろうそく》が燭台も無いまま所狭しと壁や床に至るまで、まるで足の踏み場もない程に直にドロドロと真っ赤な聾《ろう》をだらしなく垂らし、小さな炎を揺らしている。
暫くすると隣の寝台が光り輝くと半透明な少女の身体がゆっくりと浮き上がって来た。
「成程な…… 」
「うっ――― 」
「よぅ! ミューで間違い無いか? 」
「その姿ッ…… バル……ザ なの? 」
「あぁ、どうだい相棒。死んだ気分ってヤツは? 」
「―――――⁉ 」
「何やってんだか、全部見てたぜ」
「やっぱ死んだかぁッ――― あのクソ野郎」
「まぁそのお蔭でお前とこうやって会えた訳だし一つ俺達の謎も解けた」
「此処は一体何処よッ それと謎って? 」
「多分なんだが、俺達は此処で入れ替わってる《メタモルフォーゼ》気がするぜ」
女神像が二つの寝台を見守る小さな部屋。出入口などは見当たらず、白壁は薄茶色に所々塗料が剥げ落ち、壁や天井に至るまで彫り込まれた見た事も無い文字が、かなりの年代を感じさせる。天井は低く壁際には小さな溝が有り、その中をそよそよと美しい水が流れていた。
小さな部屋には窓なども無く灯りも蝋燭のみであり、勿論時間を示す物も一切無い。まるで何かから存在自体を封印し、外界との接触を故意に避けさせている様にも思えた。
「足元を見てみろ、蝋燭が足の踏み場も無い位に、床一面に敷き詰められている。どう見ても、この台座からは誰も降りた形跡が無い。然も出口も見当たらない」
「んで? 何が言いたいのよアンタッ」
ミューは興味無さげに足裏に蝋燭の炎を近づけてみる。
「此処は俺達どちらかの保管場所、若しくは待機場所だな」
「はぁッ⁉ アンタばぁ~か⁉ 本気でそんな事言ってんの? 大事だからもう一回言うわよ? アンタばぁ~か? ウケケケ」
バルザは両手を広げヤレヤレとでも言いたげな仕草で続ける……
「本来此処は目覚めるべき場所では無いんだと思う。イヤ、目覚めたら駄目な場所なんだ。勿論俺達が此処で二人で居る事も問題な筈だ。俺達には1つの身体しか与えられていないからな。通常はどちらかが活動状態にある時は、もう一方の奴は此処で仮死状態であるべきなんだ。例外を除いてはな」
「例外って何よッ」
「今回の様にどちらか一方が死亡した場合とかな」
「げっ―――…… んんんッ」
ミューは顔を顰《しか》め、ばつが悪そうにガリガリと頭を掻いてみせた。
「ところで何ですっぽんぽんなんだ? 」
「知らねぇよッ目覚めると大体こうなんだよ。アンタだって丸出しじゃんよ、何だそのデカパイは? 嫌味かてめぇ」
「だろ⁉ 俺達には謎が多過ぎる」
「丸出しが謎とか、謎が丸出しとかまじウケんだけど。でもさッ、アンタの言う通り此処がアタシ達の保管場所だとしてよ? 仮死状態でアンタの行動とか言動とかが分るのは何でよッ? 」
「それも謎だな。それもこれから解明して行こうじゃないか」
「めんどくせぇッどうでもいいや」
ミューは寝台から立ち上がると敷き詰められた床の蝋燭に隙間を探し台座から降りようと試みる。
「本当にどうでもいいのか? お前身体が透けて来てるぞ」
「なっ――― 」
「二人で居るとどちらかが消えるってな。これも今分かった事だ」
「どどどどどうすんのよコレッ‼ ちょっとまだ美味しい物とか食ってないんだけどオイコラッ 何とかしやがれテメェ」
ミューが繰り出すパンチとキックをヒョイと躱し乍らバルザは顎に手を乗せる……
「ふむ。どうやら二人で居ると色々まずいらしいな」
「ちょっ呑気な事言ってんじゃねーぞッ何とかしろコラ」
「ふむ…… 」
ミューの攻撃をヒョイヒョイ去《い》なし、バルザは少し慮《おもんばか》ると、慎重に周りを見渡す。不意に1本の蝋燭の炎の揺れに違和感を感じ、台座の脇に転がる壁から剥がれ落ちた塗料の欠片を器用に指で弾いて消して見せた。炎を失った蝋燭はあっと言う間にドロドロと溶けて床に蝋を固める。
「なっ――― キモッ‼ 」
バルザが腰掛ける台座全体に幾何学模様が浮き上がると、輝きを放ちバルザ自身の身体が透けて行く―――
「これで出れるのか分らんが、何とかなったみたいだな。まだまだ謎が多いがミュー、取り敢えず復活したけりゃそこで寝てろ。俺はあの化け物を何とかしてくるぜ」
口をぽかんとびっくりした顔のミューがバルザを見送る……
「ははは、そんな幼稚な顔も出来るんだなミュー」
「うるせぇッ早くアタシと代われブス。はやく美味しい物が食べたいのッ。こっちは飯食う前に殺されてんだっつうのッ、ぶっころだコノヤロー、デカパイは敵だ死ね」
「イヤ…… ブスってお前そりゃ言い過ぎだろ」
ミューのキックが消えかかったバルザの顔面を通り過ぎた。
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