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隊晴。
(前編)
晴明視点
学園の裏山にひっそり残る、小さな祠。誰が管理しているのかも分からない、古びた木造の社。
それでも僕は、出勤前にここへ寄る。
パンパン。
手を合わせる。
願い事なんて積もるようにある。
セーラーの種類が増えますように。
とか、
セーラーの魅力が広まりますように。
とか。
………でも、僕が今願うのは。
……今日も、何事もありませんように
ありふれた願いだと、自分でも思う。
天気が荒れないとか、誰も怪我をしないとか。
神様に向ける言葉としては、あまりにも軽い。
「またやってる」
後ろから声がした。
振り返ると、隊長さんが鳥居にもたれて立っていた。
隊長さんの髪が、風に揺れている。
「神様にお願いごと?」
『……はい。何事もありませんようにって』
そう答えると、蘭丸は小さく笑った。
「穏やかに過ごすに超したことはないもんね」
その笑い方は、からかうみたいで、
でも、どこか乾いている。
「神なんていないのに」
いつもの言葉。
……まただ。
胸の奥が、きしむ。
『恵比寿先生とか、白虎が居るじゃないですか』
「そういうことじゃない。」
少しの沈黙の後、僕は祠に視線を戻す。
また手を合わせる。
今度は静かに。
隊長さんは肩をすくめる。
「信じるだけ無駄だよ」
「願いは叶わない」
「祈ったところで、何も変わらない」
その言葉は、まるで
知っていることを言っているみたいだった。
……そうかもしれない
喉まで出かかった言葉を、飲み込む。
代わりに、そっと目を瞑る。
「今度は何を願ったの」
『みんなが、無事でありますように、です』
「ふうん」
隊長さんは呆れたように言った。
「つまんない願いだね」
『……そうですか』
「もっと欲張ればいいのに」
「世界が平和になりますように、とか」
「死なないでください、とか」
………神はいないと言うあなたがそれを言いますか。
なんて言えない話だ。
「そろそろ行かなくていいの?遅刻するよ」
そう言って隊長さんは、翼を広げ鳥居の上に足をつく。
自然と見下ろされる。
暗い表情に暗い瞳、黒い翼。
其の姿は到底神とは思えない。
僕はゆっくりと鳥居をくぐり、降りてきた隊長さんと学園の門まで向かった。
「晴明くん、おはようございます」
『学園長!おはようございます!』
たまたま通りかかった学園長と目が合った。
ふっと優しい笑みを浮かべ、僕に近寄る。
「一緒に行きましょうか」
その言葉で、僕は学園長の横へ行った。
チラッと後ろを見た。
既に反対方向へ向かう隊長さんの背中が見えた。
仕事を終え、また裏山の社へ向かった。
そこには─────
隊長さんの後ろ姿があった。
何で……?
僕はそっと近づいた。
そして、隊長さんの腕を見た。
『え……こ…れ……』
「あ、晴明くん。居るなら声かけてよー」
『隊長さん……何ですか…この腕の怪我……』
「あーこれ?普通に転んだだけだよ」
転んだだけ…?
そんなので腕にこんな大きい切り傷が出来るわけない。
こんなこと、鈍感な僕でさえ分かるというのに
何で……
「君の願いと反対だね」
隊長さんの言葉が、刺さるように聞こえた。
まるでこの傷は
隊長さんが神がいないことを証明しようとしているように思えた。
『ま、まずこの怪我、手当しないと……!』
教員寮で応急処置をしようと、
半ば無理やり隊長さんの手を引っ張った。
でも
「そんなの良いから。」
隊長さんに弾かれてしまった。
隊長さんの腕から、目が離せなかった。
まくっている袖。
その下端に
乾ききっていない血が、ゆっくりと垂れている。
「別に」
隊長さんは、社から目を離さない。
「困らないし」
『……困ります』
『その傷、深いじゃないですか……』
「そう?」
わざとらしく腕を上げる。
『……っ』
息が止まる。
「朝、君が何て願ったか覚えてる?」
『……みんなが、何事もありませんように、って』
『無事でありますようにって。』
「だよね」
「じゃあ、これは何」
そう言って、
傷のある腕をぐいっと差し出す。
顔の距離も近くなる
「これ、何事も無かったと思う?」
「無事だと思う?」
『……』
「祈ったのに、こうなった」
「それだけ」
声に、温度がなかった。
切り離すような、冷淡な声。
「神がいるなら」
隊長さんは、祠を一瞥した。
「この傷、なかったはずなのに」
『……』
僕は何も言えなかった。
隊長さんの傷を見るしか、なかった。
「ほら」
「証拠」
その言葉と一緒に、
指で怪我を指す。
垂れた血が、床へ滴る。
『や……やめてください……』
「見てるよね。」
「見たのに、また祈るんでしょ」
『……祈ります』
「へぇ」
「じゃあ、次はどこを切ればいい?」
『……え……』
「手?」
「脚?」
「それとも、もっと分かりやすい所?」
『……隊長さん……』
「神がいないって」
「分かるまで」
「付き合ってあげる」
淡々と言う隊長さんに、戸惑うしかなかった。
背中に、冷たいものが走る。
『……そんなの……』
「現実だよ」
「祈った結果が、これ」
隊長さんは、腕を下ろした。
何滴も地面に血が滴り落ちる。
言葉が、出なかった。
祠は、黙ったまま。
隊長さんの傷だけが、
はっきりとそこにあった。
「まだ祈る?」
『……はい』
「……そう」
それだけ言って、
隊長さんは背を向けた。
『……隊長さん』
呼んでも、振り返らない。
冷たい背中と、
赤い血液だけが、
裏山の社に残った。