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体だけじゃない。尋ねる声も震えた。
それに気付き、レイは私を抱きしめる手に力を込める。
「澪は……いつまでいてほしい?」
「そりゃ、ずっとに決まってるよ。
……嫌だよ。もう帰らないで。ずっと一緒にいたいよ」
自分がわがままだとわかってる。
でも会ってすぐ次の別れを想像してしまう辛さは、自分じゃどうにもならない。
レイは回した腕をほどき、私を見つめた。
「澪。話があるんだ」
なだめるような声。
優しい瞳。
反射的に聞きたくないと思った。
だけど……私は聞かなきゃいけない。
「俺、12月に大学を卒業したんだ。
この4月から東京の英会話教室で働く。だから……。
しばらくL・Aには戻らないよ」
はっきり耳に届いたのに、耳を疑っていた。
(え……今……なんて?)
レイは大学4年生だ。
欧米の入学シーズンは秋。
卒業は春だとけい子さんから聞いている。
「……嘘……。
だって、卒業は5月じゃ……」
私をからかってるんだろうか。
たちの悪い意地悪を言ってるんだろうか。
鼓動がどんどん速くなる。
落胆したくなくて予防線を目いっぱい張っても、湧き上がる期待があっけなく飲み込んだ。
レイは「あぁ」と苦笑した。
「高校の時に、大学の単位も取ってたって言わなかった?
といっても、秋学期で卒業するにはギリギリの単位だったから、今期はかなり頑張らなきゃいけなかったんだ」
「そ……それならそうと言ってよ……!!
それに就職ってなに? レイは日本で働くの?」
「そう。L・Aから日本の会社にアプライして、ようやく1か月前に働き先が決まったところ」
なにそれ。
なにそれ。
「ひ、ひどいよレイ。それならそう話してほしかったよ。
話してくれたら、きっと納得できたのに。
私……本当に寂しかったんだよ。
会いたくて会いたくて、死ぬかと思ったんだから」
連絡がない間、不安で寂しくて。
L・Aでの姿を想像するしかなかった。
今頃どうしてるんだろうって、考えてもわからないのにずっと考えて。
眠れなくて夜が明けて。
今日が明日にかわる瞬間を、何度迎えただろう。
「澪」
いつの間にか目に涙が浮かんでいた。
レイは困ったような顔で続ける。
「俺も寂しかったよ。
だけど俺は会いたいんじゃなくて、澪と一緒にいたかったから。
そのためにすることがたくさんあったし、駄目だったら別の方法を探さなきゃいけなかった。
……俺なりに精一杯だったんだ。
父に日本行きを反対されてもいたし、全部決まらなきゃ話せなかった」
(え……)
私はレイの腕を掴み、顔をあげる。
お父さんと揉めていると聞いていたけど、内容はなにも知らなかった。
「夏に滞在していた時、行先を日本だと告げずに来ていたんだ。
だけど今回はさすがにそういうわけにいかないし、日本で働くと父に話した。
そしたら案の定、激昂して……。
母のとこに行くのか、お前も俺を裏切るのかって、さんざん罵られたよ」
「けっ、怪我してない!?」
私は咄嗟に彼の手を取った。
コートの袖をまくり、腕を見つめる。
レイはその手を取り、そっと外した。
「大丈夫だよ。
俺だってもう子供じゃない。力じゃ父に負けないよ」
彼の腕にあざや火傷の痕はなかった。
ほっとした時、レイは私の左手を見て動きを止めた。
「……それ、つけてたんだ」
私はレイの視線を辿り、腕時計を見る。
「あぁ、うん。普段は持ち歩いてるんだけど、今日は……つけてみたくなって。
それで、お父さんとは大丈夫だったの?」
「あぁ。理解はされなかったけどね。
でもかまわないよ。わかってもらえると思わないし、どう言われても俺の気持ちは変わらないから」
「レイ……」
こちらを覗き込もうとする彼を、私は無意識のうちに抱きしめていた。
レイがたくさん努力してくれたこと。
覚悟を決めて日本に来てくれたこと。
嬉しいし、ほかになにもいらないと思えるほど幸せだ。
だけど―――。
レイは私の心中を察したらしい。
私の背中をゆっくり撫でて言う。
「いいよ澪。
前にも言ったけど、俺は父にも母にも、だれにも愛されないと思ってた。
だけどそんな俺のこと、澪が本気で好きになってくれた。
それだけでいいんだ」