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大学進学をきっかけに
私は一人暮らしを始めた。
家賃三万円。風呂トイレ付き。
築四十年の木造アパート――白鳩荘。
不動産屋のお兄さんは
「古いけど、いい部屋ですよ」と
でも鍵を開けた瞬間、
鼻の奥に“湿った壁の匂い”が入り込んできた。
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【引っ越し初日】
荷ほどきも終わらないうちに、
壁が“やけに白い”ことに気づいた。
古い木造のはずなのに、そこだけ新品みたいに白い。
でも、光の加減で見える。
白の下に、ぼんやりと“灰色の影”がある。
塗り直したんだろうか。
……何かを、隠すように。
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【三日目】
夜、寝ていると、
カーテンの向こうで“ぱちん”と木が鳴った。
乾いた音のあと、天井から何かが擦れる音がする。
気のせいだと思いながら
スマホのライトを点けた。
レンズ越しに、天井を映したその瞬間――
画面の隅に、黒い髪が揺れた。
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【五日目】
友達が遊びに来て、記念写真を撮った。
「初・一人暮らし~!」
笑いながらピースした。
その夜、送られてきた写真を開いて、
私は息を止めた。
私の後ろ、壁の中央に――
長い黒髪の女が立っていた。
顔は見えない。
でも、首だけが、異様な角度で傾いている。
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【七日目】
怖くなって押し入れを開けると、
奥の奥に古い写真立てがあった。
埃を払うと、中には
白い部屋で笑う“女”が写っていた。
壁の模様、窓の位置――
間違いなく、私の部屋だった。
その瞬間、スマホが鳴った。
カメラアプリが勝手に起動して、
画面の中央に、黒髪の女が立っていた。
それは――私の後ろ。
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【八日目】
アプリを閉じても、
部屋の壁にはもう
灰色の染みが広がっている。
まるで、誰かが中から押しているみたいに。
夜中、壁が湿った音を立てる。
「ぺた、ぺた」と何かが這うような音で、
少しずつ、私のベッドの方に近づいてくる。
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【九日目】
今、鏡の前に立っている。
髪が伸びて、顔が少し痩せた。
でも、笑ってみたら、悪くない。
この部屋、住みやすいですよ。
安いし、夜は静か。
ただ――写真は撮らないほうがいいです。
ほんとうに。