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   7

 あたしと彼が向かったのは、街中から離れた場所にある、パティスリー・アンというケーキ屋さんだった。

 あたしが生まれる前からここに建っていて、時折テレビなんかで紹介されては、翌日からしばらくは長蛇の列ができる有名なお店。

 けれど普段はすごく静かで、落ち着いた時間を過ごせる、あたしのお気に入りのお店だった。

 あたしはチーズケーキと紅茶を、彼はどれにしたら良いかよく解らないって顔をしていたから、勝手にショートケーキとオレンジジュースを注文した。

 おごってくれ、とは言ったけれど、まさか本当におごってもらおうだなんて思っていなかったあたしは財布を取り出し、お金を払おうとしたところで、

「え、あ、俺が出しますよ」

「ん? いいよいいよ。あたしの方がお姉さんだし」

「な、何言ってるんですか。俺が出します!」

「えぇっ?」

 なんてやり取りをしているうちから、彼はさっさと財布を取り出すと代金を支払い、自らトレーを持ってイートスペースの方へと歩いて行った。

 あたしはそんな彼の背中に、

「……冗談だったのに」

 と声を掛けると、彼は首を横に振り、

「――俺がそうしたいって思ったんです」

 どこかむすっとしたようなその表情に、あたしは小さく笑みを零しながら、ため息を吐いた。

 なんて律儀な奴、と思いながら彼のあとを追い、向かい合って席に着いた。

「キミ、名前は?」

「――ヒロタカ、スグル」

「ヒロタカ? 名前みたいな苗字だね」

「よく言われます」

 答えて、彼は鞄からボールペンを取り出すと、テーブルの紙ナプキンにサラサラと『広髙優』と書いてみせた。

「あたしはね、藤崎彩名っていうの」

 言ってから、あたしは彼からボールペンを借りて、同じく紙ナプキンに自分の名前を漢字で書いた。

 こうして並べて書くと、彼の字の方が綺麗でかっちりしている。

 どうしても丸っこくて小さくなってしまうあたしの字とは違って、まるで書道でも習っていたかのような几帳面な文字。

「きれいな字だね」

「ありがとうございます」

「…………」

「…………」

「……」

「……」

 けれど、それっきり黙りこくってしまった彼に、あたしもどう話しかけたらいいものか解らなくて。

「えっと……食べようか」

「……はい」

 小さく頷いて、彼は――スグルくんは几帳面な手つきでフォークでショートケーキを切り、口に運ぶ。

 それを見届けてから、あたしも黙ってチーズケーキにフォークを刺した。

 結局、あたしたちは黙々とケーキを食べて、飲み物を飲んで、そして互いに大した話もしないままお店をあとにした。

「――ありがとね、本当におごらせちゃって」

 まともな会話もせず、なんだか申し訳なさ過ぎてそう口にすると、スグルくんは、

「いや、大丈夫です。気にしないでください」

 ぎこちない笑みをあたしに向けた。

 そこには先ほどまでの右往左往する怪しげな男の子の姿なんてどこにもなくて、ただ普通の少年が微笑んでいるだけだった。

 その笑顔がさらにあたしの心に小さく刺さって、なるべく微笑みを浮かべながら、

「ほんとに、ありがと」

 そうすることしか、あたしにはできなかった。

 他にどうすればいいのか解らなくて、けれどスグルくんもじっとあたしの顔を見つめたまま、何も返事をしてくれなくて。

「なに? どうかした?」

 思わず訊ねると、スグルくんはやはりどこか寂し気な表情で、

「……いや、なんでもないです」

 小さく首を横に振って、再び前に顔を戻した。

「……そう」

 あたしもそう返事して、しばらく無言で並んで歩く。

 やがて十字路までたどり着いて、彼がそのまま歩みを進めようとするので、

「――うち、こっちだから」

 あたしは立ち止まり、右の方を指さした。

 それに対して、スグルくんはすっと足を止めると、

「――あ、はい」

 と短く返事する。

 あたしはせめてもの思いで精一杯の笑顔を彼に向けて、

「じゃぁね!」

 大きく手を振り、帰途に就いた。

 その後ろから、大きなため息が聞こえたような気がした。

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