テラーノベル
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コマキヤマに戻ったイエヤスは、
つきものが落ちたような顔で、諸将の前に立った。
「……ミカワに帰るぞ」
一瞬、空気が止まる。
カズマサが、静かに進み出た。
「ノブカツ様は――」
「知らぬ」
短い言葉だった。
四天王は顔を見合わせ――
やがて、誰からともなく笑った。
そのまま、黙って帰り支度を始める。
もはや、振り返る者はいなかった。
ウジサト、カズマスに囲まれていたキヨス城。
イエヤス撤兵の報が届くと、
ノブカツは力なく膝をついた。
ノブタダは、カツイエを備えに残し、
ギフへ――
そして、アヅチへと向かった。
アヅチには全国のダイミョーや
チョーテーからの使者が列をなして
来訪が途切れなかった
ミツヒデ、ヒデヨシの遺臣たちも再編され、
体制も急速に固まりつつあった
「待たせた」
ノブタダはサイラスにそういうと
人払いをさせた
「いろいろ世話になった」
「褒美といっては何だが、ウイリアム・アダムスという男の行方が
わかった」
「イセのカズマスからサカイの商人と共にイセシマにおるようじゃ」
「ありがとうございます」
「多分最後となると思いますので
この国に来た目的をお話したいと思います」
「うむ」
「ノブナガ公が海を渡って攻めてくるのか
どうかを探る目的でございました」
ノブタダはきょとんとしている
「まさか」
笑っていた顔が
思案に変わる
「いやまて、イセシマとはまさか」
「父が鉄甲船建造後、ヨシタカに命じて…」
「アンジンとか申す紅毛人をつれて……」
はっとして近習に命じる
「誰ぞある、タカトラを呼んでまいれ」
「サイラス殿、儂は行けぬが、タカトラを連れて行くとよい」
「まさか、そんなことが」
ノブタダは記憶をたどりながらまだ逡巡していた
サイラスは一つだけ質問した
「ノブタダ殿はこののち、兵を外に向けますか?」
イセシマ――その入り組んだ島影の奥に、
異様な影が潜んでいた。
巨大戦艦ガリオン船ヤマト。
アダムスは、その威容を見上げながら、
かつての信長との会話を思い出していた。
その背後に、気配もなく――
青い外套の片腕の男が立つ。
「……なぜ」
アダムスは振り返らずに言った。
「なぜカルド王は、自国の人間ではなく、あなたに
このジャポーネの調査を任せたのでしょう」
わずかな沈黙。
「そう考え始めたとき――全容が見えてきたのです」
静かな声の主、サイラスはその問いに応じた
「ノブナガ様は、私に“アンジン”という名をくださいました」
アダムスの肩がわずかに揺れる。
「この国で航海士という意味だそうです」
「船団が組まれれば私がその先頭に乗るはずでした」
サイラスはヤマトを見上げ、その続きを聞いていた
「あの方は……海の向こうを見ておられた」
「ともに広い世界へ乗り出そうと」
「あなたが焚きつけたのですか」
「……どうでしょう」
否定はしない。
「この船と、その造船技術。
それがあれば――チョウセンはおろか、
エイシア全域に手が届く」
潮風が、二人の間を吹き抜けた。
「カルド王は知っていたのですか」
しばしの沈黙。
「あの方は……気づいていたでしょう」
アダムスは、わずかに笑った。
「船に関しては、あの方のほうが上ですから」
「まさか――そのさなかに、亡くなられるとは」
アダムスの声は低かった。
「その話を、誰が知っていたのです?」
「……あの場にいたのは、
ミツヒデ殿とヒデヨシ殿」
潮の音だけが、しばし続く。
「ミツヒデ殿は、顔をしかめて思い詰めるように何やら考えておられた。
ヒデヨシ殿は――」
サイラスは、わずかに目を細める。
「〝その時は、ぜひ私に先陣を〟と願い出ておりました」
アダムスは何も言わない。
「……この船が」
サイラスは、ヤマトへ視線を向けた。
「この国に、大乱を呼び込んだのかもしれません」
風が強く吹き抜ける。
「どうする」
短い問い。
「私を斬りますか」
わずかな間。
「……まさか」
サイラスは首を振った。
「私は、戦わぬ男ですよ」
その言葉を受けて、アダムスは静かにうなずく。
「私は――この国に残ります」
そして、ほんのわずかに笑う。
「ノブナガ様ほどの方は、
もう現れぬでしょうが」
三日後、サイラスはユンナと共に
サカイの港を発った
サイラスは一度だけ振り返った――
ヒトツキすごしただけのこの不思議な国を。
報告を聞いたエスカミオ商王国国王カルド王は
「ふうん」
と一言だけ答え
黄金のマリア像と汚れた地図を手に
「頼みがあるんだけど」
悪戯そうに笑った
エピローグ
三か月後――
和睦が成ってなお、ハママツを動かなかったイエヤスは、
ついにアヅチへと向かった。
城下に入ったその夜。
宿とした寺に、ひそやかな来客があった。
ノブタダである。
「明日の段取りの前に――」
そう言うと、ノブタダは正座し、深く頭を下げた。
「父が命じたノブヤス公の一件……
まことに、申し訳なきことにござった」
静寂。
イエヤスは、しばし動かなかった。
やがて、ゆっくりと手を差し出す。
「……もうよいのです」
短く、それだけ言った。
「わが子タケチヨは、サンボウシ様と一つ違い」
視線を落としたまま、続ける。
「次の世は――お互いの子たちに任せましょうぞ」
ノブタダは顔を上げた。
二人の目が、初めてまっすぐに合う。
「……以後、よしなに」
翌日、アヅチ城。
諸大名が並ぶ中――
イエヤスは、下座より進み出た。
「上様」
静かな声。
「陣羽織を――お借りいたしたく」
一瞬、ざわめきが走る。
「このイエヤスが参ったからには、
もはやこの日ノ本、乱す者あらば」
「上様のお手を煩わせることは、ございませぬ」
ノブタダは、わずかに笑った。
「……頼もしいかぎりじゃ」
そのやり取りは、どこか芝居がかっていた。
だが――
それを見抜けぬ者は、一人としていなかった。
ノブタダの背後。
傷の入った南蛮甲冑が、静かに置かれている。
その奥。
開け放たれた先に――
渡ってきた海の向こうが見えた
fin
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