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突如として素性をキャプテン・ボルティモアに明かされたシャーリィは、少しばかり衝撃を受けたが直ぐに立ち直った。調べようとして調べれば、彼女の素性に辿り着くことは不可能では無いのである。
逆に言えば、帝都の裏社会を牛耳る男にそこまで関心を持たれていたことに感動すら覚えていた。だが、後ろで立っている少女は別の様子で。
「っ!」
「レイミ」
素早く腰に差した刀に手を伸ばしたレイミを、シャーリィが制止する。後少し遅ければ抜刀して迷わず目の前の男に斬りかかっていただろう。
そんな妹を安心させるように笑顔を見せて、視線をボルティモアへ移した。
「下手な誤魔化しは無意味でしょうね」
「取り乱さないんだな?」
「むしろ貴方のような方に関心を持たれたことに感動すら覚えていますよ。うちも大きくなったものです」
「はははははっ!肝の据わったお嬢様だな。流石は剣姫の娘ってところか」
「色々と規格外なお母様と比べられては敵いませんよ。それで、わざわざ名を出したのです。この情報にはそれだけの価値があるのですね?」
「ああ。そもそも最初は暗殺計画に一枚噛んでたんだ」
「おや、帝室のゴタゴタに首を突っ込んだと?」
「金払いがよかったからな。それに、俺の仕事は月光草を仕入れることだった。暁と物のやり取りをしてるのは俺達だからな、仕入れるのは簡単だった。お嬢ちゃん、管理が杜撰だったぜ?」
「耳が痛いですね。交易品の薬草の中に月光草が紛れていましたか」
「ああ、専用の知識が無い奴には見分けが付かないだろうさ。まして運んでるのは俺と同じ海賊だ。エレノアの奴は海賊にしちゃしっかりしてるが、手下全員がそうだとは限らねぇだろ?」
敢えて入手ルートを明かしたボルティモア。西部との交易も始まり交易品が急増して、その管理が複雑かつ膨大に成っているのは以前から問題視されており、事務方を増やして対処していたがやはり杜撰な面が浮き彫りに成った形である。
「しかし、何故月光草が暗殺計画に関係しているのですか?貴方は物の仕入れを依頼されただけですよね」
「何に使うのか、どんな連中が糸を引いてるのか気になってな。何せ月光草なんておとぎ話の品が実在して、それを手に入れろ何て依頼を出すような奴だ。背後を調べるのは当たり前だろ」
「依頼主の背後や真意などは知らぬ存ぜぬが裏社会のルールでは?」
「好奇心は猫を殺すなんて言葉もあるしな。普通なら俺も無視するんだが……そこにお嬢ちゃんの言うクライアントが現れたのさ」
「お兄様が?」
意外な人物の名前にシャーリィも表情を少しだけ緩めた。
「ああ。どうやって調べたのかは分からねぇが、俺達が暁でちょっとした物を仕入れたことを聞き付けたみたいでな。倍の金を払うから、その依頼の背後関係を調べるように言われたのさ。とは言え、俺が直接動くのは仁義に反する。依頼人を裏切るようじゃ、商売上がったりだからな。だから、暇そうにしてた情報屋を何人か雇って調べさせたのさ。別々の依頼としてな」
「随分と危ない橋を渡るのですね?」
「クライアントとは長い付き合いだからな、そこは優先順位の問題だ。それに、依頼された物はしっかり確保して送り届けたんだ。これで依頼は完了、契約終了だ。この瞬間依頼人とは赤の他人だ。別に裏切った訳じゃねぇさ。なにより、俺はなにもしていない」
「まさにアウトローな考えですね。それで暗殺計画に辿り着いたのですか」
「まあな。納品した月光草の流れを確認するのは簡単だった。いや、むしろ辿れるようにわざと証拠を残してるように感じたな」
「証拠を?」
「もし暗殺が上手く行ったとして、調べる奴は出所を調べるだろうな?で、ルートを辿ると行き着く先は……」
愉しげにシャーリィを見つめるボルティモア。対するシャーリィは顔をしかめた。
「暁に辿り着くと。皇帝暗殺の濡れ衣を着せられるわけですか」
「そうなるな、俺の痕跡は綺麗に消してある」
「全く嫌な話です。企んだ人に嫌みのひとつでもあげたいですね」
「失礼、月光草は完全回復薬の材料になる薬草ですよね。それが暗殺にどう関係するのですか?」
レイミが疑問を呈する。これに答えたのは姉のシャーリィであった。振り向いた彼女はいつものように満面の笑みを浮かべて妹を見つめる。
「月光草は調合次第では猛毒になり得るそうです。それも少しずつ、ジワジワと相手を弱らせて死に誘う厄介な性質。知らない人が見れば、病で弱っていくように見えるでしょうね」
「なるほど。周囲に気付かれることなく皇帝を抹殺。仮に気付かれても、辿り着くのは暁……お姉さまですか」
「その通りです。それで?キャプテン。絵を描いた人物は?」
「さっきも言ったが、第二皇子かマンダイン公爵家。どちらかだろうがそこまでは掴めていない。だが、万が一の保険をわざわざ暁にしたんだ。理由があるんだろうさ」
「第二皇子とは面識はありませんが」
「お姉さま、マンダイン公爵家では?」
「ん」
「なんだ、心当たりがあるのか?」
ボルティモアが食い付くが、シャーリィは曖昧な笑みを浮かべた。
「確信が持てませんから、聞かなかったことにしてください。有益な情報も得られましたからね」
「そりゃ良かった。今後も良い関係を持ちたいものだな?」
「利害が一致している間は、敵ではありませんよ。貴方のクライアントが私を裏切らない限りは」
「裏切ったら?」
「敵なら殺すだけですよ?簡単なことではありませんか」
首をかしげるシャーリィを見て、ボルティモアも愉しげに笑う。
「はっ!貴族のお嬢様とは思えねぇ考え方だな。だが、間違いねぇ。邪魔な奴は叩き潰す。そうじゃなきゃ成り上がれねぇからな」
「理解が頂けて何よりです。ではキャプテン、私達はこれで」
「なんだ、もうひとつの話は聞かねぇのか?」
「そちらは書面で頂きます。おそらく言葉で説明するより文章の方が簡単なのでは?」
「お見通しか。証拠も併せて送るぜ。送り先は?」
「レンゲン公爵家の別荘に。送り方は任せますよ」
「分かった。今後はいつでも会えるように伝えておく。俺の客としてな」
「ありがとうございます。クライアントによろしくお伝えください」
アーキハクト姉妹は優雅に一礼してその場を後にした。
帝都で渦巻く陰謀に不本意ながら巻き込まれていることを知らされて、少しばかり憂鬱になりながら。