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第176話:四畳半に舞い込んだプラチナチケット
「……もそもそ……もそもそ……」
帯広のボロアパート、四畳半。
俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(あきやゆき)40歳は、今日もどんぶりに盛られた冷たい玄米を無心で咀嚼していた。
「なんで俺、法人口座に四千八百万円もあるのに、昨日からタクアンすら買えてないんだ……?」
答えは簡単だ。【定期同額給与】という、日本の税法が仕掛けた絶対不可侵のルールにより、来期の改定時期まで俺の役員報酬が『月給10万円』に固定されてしまったからである。
月給10万円から、社会保険料と税金、そして家賃4万円を引かれた俺の手取りは、まさにスズメの涙。
世界規模で本がバズり、会社が億万長者になろうとも、社長である俺個人の生活レベルは「どん底のナマポ時代」から1ミリも向上していなかった。
「なぁヨモ……お前のその高級オーガニック猫缶、一口だけ俺に分けてくれないか……」
キャットタワーの代わりに置かれた段ボール箱でくつろぐ愛猫のヨモに懇願するが、「シャァッ!」と鋭い威嚇音で一蹴される。
経費(広告宣伝費)で落ちる猫のほうが、この会社の代表取締役社長よりよっぽど豊かな食生活を送っているのだ。
これが、起業時にビビって自分の給料を極限まで低く設定しすぎた、哀れな経営者の末路である。
「あーあ……どっかに、俺個人の口座に直接現金を振り込んでくれる神様、いねえかなぁ……。宝くじでも当たらないかな……」
俺が叶うはずもない現実逃避のぼやきを漏らした、その時だった。
『ルシフェル様。意味のない現実逃避をしている暇はありません。当社の問い合わせ用メールアドレス宛てに、とんでもない案件が舞い込みました』
PCモニターの中から、我が社の有能すぎる経理兼アシスタントの結愛(ゆあ)が、一切の感情を排した声で告げた。
「案件? ああ、また海外の怪しい翻訳ツール案件か? それとも税務署からのインボイス関係の督促状か?」
『違います。正真正銘、国内の超トップ層からの【コラボ対談】のオファーです』
「……コラボ?」
俺は箸を止め、右に30度傾く三万円のゲーミングチェアから身を乗り出した。
結愛が画面に映し出した一通のメール。その差出人と文面を見た瞬間、俺は口に含んでいた玄米をごふっ!と盛大にモニターへ噴き出した。
【件名:弊社所属VTuber『猫川まるき』とのコラボ配信のお願い】
「ね、ねねね、猫川まるきィィィィ!?」
俺の裏返った悲鳴が、カビ臭い四畳半の壁に反響した。
『猫川まるき』。
VTuber業界に少しでも明るい者なら、その名を知らない者はモグリである。
チャンネル登録者数は数百万人に迫り、圧倒的なトーク力、企画力、歌唱力、そして中の人は元漫画家であり、超絶美女で顔出しもしている業界のトップオブトップを走り続ける、超大物VTuberだ。
その最大の特徴は——彼が『男の娘(おとこのこ)』であること。
可愛らしい猫耳メイド服の美少女アバターを纏い、甘い声でリスナーを魅了するが、中身はゴリゴリのクリエイターであり、若くして天才的なプロデュース能力を持つことで知られている。
「な、なんでそんな雲の上の超トップ層から、うちみたいな吹けば飛ぶような底辺弱小事務所のオファーが来るんだよ!?」
『先日の「世界規模の確定申告(絶望)」や、海外向けVTuberヨモさんの「背骨救済スパチャ祭り」など、一連の泥臭すぎる炎上スレスレの騒動が、猫川まるき氏の運営である天才クリエイターの目に留まったようです』
結愛は淡々と、メールの続きを読み上げる。
『メールにはこうあります。「月収数千万円を稼ぎながら、帯広の四畳半で袋麺を食べているアラフォー社長のリアル。ぜひ弊社の対談番組で深掘りさせてください。リスナーが絶対に喜ぶ、最高のコンテンツになるはずです」……とのことです』
「完全に俺の惨めな生活をネタにして、オモチャにする気満々じゃねえか!!」
俺は頭を抱え、畳の上を転げ回った。
猫川まるきの対談番組といえば、大物ゲストの「裏の顔」や「リアルな懐事情」を切れ味鋭いツッコミで丸裸にし、リスナーの爆笑を誘うことで有名な超人気企画だ。
そこに、元自衛官・元介護士・元コールセンター・元ナマポで、現在は月給10万の40歳ハゲ社長が放り込まれたらどうなるか。
完全なる公開処刑である。
可愛い男の娘の隣で、いい歳したおっさんが自分の貧困エピソードを語らされるのだ。リスナーからの「こいつ誰だよ」「おっさんキツいww」という弾幕が目に浮かぶようだ。
「断る! 絶対に断るぞ結愛! 俺みたいな社会の底辺が、あんなキラキラしたトップ層と絡んだら、嫉妬とプレッシャーで胃に穴が空く! ボロが出て大炎上して終わりだ!」
俺が社長としての絶対的な拒否権を発動しようとした、その瞬間。
『……ルシフェル様』
結愛の声が、絶対零度まで冷え込んだ。
『貴方は、一生その四畳半で玄米を啜る気ですか?』
「うっ……」
『これは、業界のトップ層へと食い込むための、二度と手に入らない「プラチナチケット」です。このメガコラボで知名度をさらに爆発させれば、来期の役員報酬改定時に、タワマンに住めるだけの正当な利益基盤を確固たるものにできます』
結愛の言葉は、経営者(月給10万)の急所を的確に突いてきた。
『それに、断るという選択肢はすでに消滅しています。先ほどの五分前に、私の方で「謹んでお受けいたします。当日は何卒よろしくお願いいたします」と返信を完了させましたので』
「事後報告ゥゥゥゥ!?」
『スケジュールは明後日の20時です。それまでに、ボロが出ないようせいぜいトークの練習でもしておくことです。ヨモさんたちも、社長の不甲斐なさに呆れていますよ』
ディスコードの裏回線から、うちの稼ぎ頭である海外向け怠惰VTuber『ヨモ』が、気だるげな欠伸を交えて呟く。
『社長ぉ……。私のもらえる金(給料)が増えるチャンスなんだから、絶対バズってきてくださいねぇ……。じゃないとストライキしますよぉ……。Zzz……』
さらに足元を見ると、本物の愛猫のヨモまでもが「さっさと稼いで一番高い猫じゃらしを買ってくるニャ」とばかりに、冷ややかな視線を向けていた。
「くそっ……! 鬼畜秘書も、ズボラVTuberも、猫も、どいつもこいつも俺を強制労働させやがって……!」
こうして。
月給10万の四畳半社長は、己の意志とは無関係に、VTuber業界の頂点に君臨する『トップランナー(男の娘)』との、地獄のコラボ対談へと引きずり出されることになったのである。
だが、この時の俺はまだ知る由もなかった。
このコラボでのバズりと、天才からの『ある一言』が、俺のちっぽけな自尊心を暴走させ……後に最悪の罠(無駄遣い)へと直行する切符になってしまうということを。
191
레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
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コメント
1件
第176話、読み終えたよ〜🥀 帯広の四畳半でタクアンすら買えないのに、法人口座に4800万……このギャップがもう切なくて笑っちゃった😭💦 猫川まるきとのコラボ、断る間もなく事後報告で決まってるの、結愛ちゃんマジ鬼畜秘書すぎるw でも「プラチナチケット」って言葉、すごく響いた。 社長の胃に穴が空く前に、ちゃんとバズってほしいな……。 続き、めっちゃ気になるよ🤍