テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
191
레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
1
第177話:陰キャ社長の全力拒否
「無理無理無理無理! ぜっっっっったいに無理だ!!」
帯広のボロアパート、四畳半。
俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、カビ臭い畳の上を熊のようにウロウロと歩き回っていた。
「おい結愛! 今すぐ先方に『やっぱり社長が急病で倒れました』ってメールしろ! いや、『右に30度傾く三万円のゲーミングチェアが爆発して腰椎が粉砕されたため、物理的に配信不可能です』でもいい!」
PCモニターの向こう側で、我が社の有能すぎる経理兼アシスタントである結愛(ゆあ)が、冷ややかな視線で俺を見下ろしていた。
『ルシフェル様。先日のヨモさんの配信で、貴方が腰を壊しながらも這いつくばって税務処理をしていた美談(?)は、すでに海外リスナーの間で伝説として語り継がれています。今さら腰痛を理由にコラボを断れば、ただの仮病として大炎上するだけです』
「ぐっ……! だ、だがな結愛! 相手はあの『猫川まるき』だぞ!?」
俺は涙目でモニターにすがりついた。
「チャンネル登録者数数百万人! 業界のトップランナー! しかも中身はゴリゴリの天才クリエイターだ! そんな雲の上の陽キャと、四畳半で玄米食ってる40歳の陰キャおっさんが絡んで、会話が成立するわけないだろ!」
俺は自分のコミュ力の低さを誰よりも理解している。
元自衛官、元介護士、元コールセンター職員。(その後ナマポにはなるが)経歴だけ見れば立派な社会人だが、その本質は「人と関わるのが極度に苦手だから一人で起業した」という、生粋の陰キャ・ソロプレイヤーなのだ。
「絶対にボロが出る! 『ルシフェルさんって休日は何してるんですかぁ?』とか聞かれてみろ! 『はい、税金の計算をして息を潜めています』なんて答えたら、配信の空気がお通夜になるぞ! めんどくさい! 怖い! 逃げたい!」
『……社長の自己評価が底辺で正確なのは結構ですが、すでにコラボの告知は猫川まるき氏の公式X(旧Twitter)で大々的に行われています』
結愛が非情な事実を突きつける。
『現時点で、告知ポストのインプレッション(表示回数)は500万を突破。当社のチャンネル登録者数も、たった数時間で3万人増加しました』
「ひぃっ!?」
『今ここで逃亡すれば、株式会社インフィニティ・ワンの信用は地に落ちます。業界内でのブラックリスト入りは確実。さらに、海外リスナーからのスーパーチャット頼みだった当社の収益構造も、悪評によって完全に崩壊するでしょう』
「そ、そんな……」
俺が絶望の淵に立たされていると、ディスコードの裏回線から、聞き慣れた気だるい声が響いてきた。
『……Boss. What are you crying about?(……ボス。何泣いてんの?)』
うちの稼ぎ頭である海外向け怠惰VTuber『ヨモ』だった。
『I heard you’re trying to run away from a big collab. If our company loses money, my pillow budget gets cut, right? Unacceptable.(デカいコラボから逃げようとしてるって聞いたけど。会社が損したら、私の高級枕の予算が削られるんでしょ? ありえないんだけど)』
「ヨ、ヨモ! お前、英語圏担当なんだから日本のトップVTuberなんて関係ないだろ! 俺のプレッシャーを少しは理解してくれ!」
『I don’t care. Just go out there, be a clown, and bring back the cash. I’m going back to sleep. Good luck, old man.(知るか。ピエロになって金稼いできなよ。私は寝るから。頑張れよ、おっさん)』
ブツッ。
通話が容赦なく切られた。
「あいつ……! 自分の取り分(経費)が減る時だけ的確に圧をかけてきやがって……!」
理不尽な板挟みに苦しむ俺の足元で、「にゃーん」という冷酷な鳴き声がした。
見下ろすと、本物の愛猫である『ヨモ』が、俺の足首を思い切り後ろ足で蹴り飛ばしていた。
「いっ!? ヨモ!? お前まで俺を蹴るのか!?」
ヨモは「フン」と鼻を鳴らし、最高級オーガニック猫缶の空き箱を前足でトントンと叩く。
明らかに「コラボから逃げるなら、明日のメシはないと思え」という、飼い猫からの無言のストライキ宣言だった。
人間の秘書、バーチャルなニート、そして現実の猫。
我が社の構成員すべてから、俺は完全に「蔑んだ目」を向けられていた。
「わ、わかったよ……。だけど、やっぱり俺には荷が重すぎる……。天才クリエイターとサシで喋るなんて、絶対に胃に穴が空く……」
俺がなおも往生際悪く三万円のゲーミングチェアにしがみついていると、結愛が極めて冷徹な、しかし確かな【トドメの一撃】を放った。
『ルシフェル様』
「……なんだよ」
『貴方はこのまま一生、月給10万円で冷えた玄米を啜り続ける気ですか?』
「——ッ!」
その一言は、40歳の貧困社長の心臓を、鋭利な刃物のように正確に貫いた。
『法人口座に数千万円のキャッシュがありながら、タクアンすら買えない今の地獄。そこから抜け出すためには、来期の役員報酬改定で【正当な月給】を受け取れるだけの、圧倒的かつ安定した収益基盤が必要です』
結愛の言葉が、四畳半に響き渡る。
『猫川まるき氏とのコラボは、その基盤を盤石にするための最短ルート。ここで逃げれば、貴方は来年も、再来年も、このカビ臭い四畳半で、底辺の怯えを抱えながら生きることになります。……それでも、逃げますか?』
「…………」
俺は、机の上のどんぶりを見つめた。
パサパサに乾いた、茶色い玄米。
俺は社長だ。株式会社インフィニティ・ワンの、代表取締役なんだ。
高い焼肉が食べたい。タワマンのふかふかのベッドで寝たい。税金に怯えず、胸を張って「成功者」と名乗りたい。
そのためには——ここで、恥をかくしかないのだ。
「……やる」
俺は、ギリッと奥歯を噛み締め、顔を上げた。
「やってやるよ……! 相手が天才クリエイターだろうが、登録者数数百万人の男の娘だろうが! 俺の【月給アッパーカット(報酬改定)】のために、ピエロでもなんでも演じきってやる!!」
『素晴らしい覚悟です、ルシフェル様。では、さっそく先方の運営である【鰹節うめお】先生との事前ミーティングのセッティングに入ります』
「……え?」
俺の気合が、一瞬で凍りついた。
「ちょ、ちょっと待て。事前ミーティング? 鰹節うめお先生って、あの猫川まるきの中身(プロデューサー)の!?」
『はい。トップ層同士のコラボにおいて、事前の打ち合わせは必須です。明日の15時、ディスコードにて顔合わせとなります』
俺は再び、絶望のどん底へと突き落とされた。
コラボ本番の前に、あの「若き天才クリエイター」とサシで通話しなければならないのか。
「い、胃薬……。結愛、経費で一番強い胃薬を買ってくれぇぇ……ッ!!」
月給10万円の40歳社長の悲鳴が、帯広の空に虚しく吸い込まれていく。
こうして俺は、逃げ道を完全に塞がれ、泣きながら大物VTuber陣営とのファースト・コンタクトへと臨むことになったのである。
コメント
1件
ああ、もう冒頭から「無理無理無理!」で笑っちゃいましたよ。社長の全力拒否っぷりがひどすぎて愛おしい(笑)。結愛の非情な現実突きつけ、ヨモの気だるい圧、そして本物の猫までストライキ宣言——この三方向からの包囲網、めちゃくちゃ面白かったです。「月給10万円で冷えた玄米を啜り続ける気ですか?」のトドメ、泣き笑いですよ。四畳半のカビと数千万のキャッシュのギャップが絶妙で、コメディだけじゃなく「逃げられない大人の事情」が刺さりました。次が待ち遠しいです!