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そしてやって来た夜会の日。
今夜のエスコート役であるアーロンが公爵邸へ迎えに来た。
ルシンダの手を取り、恭しく口づけを落とす。
毎回のことだが、どうしても慣れなくて顔が赤くなってしまう。
「ルシンダはいくつになっても可愛らしいですね」
「……アーロンがいつもお姫様みたいに扱ってくれるから照れてしまうだけです」
「それは、ルシンダは僕にとってお姫様ですから」
アーロンは年々お世辞が上手になっている気がすると思いつつ、彼に支えながら馬車に乗り込む。
「迎えに来てくださってありがとうございます。でも、今度から王宮での夜会のお迎えは本当に大丈夫ですから」
王宮での夜会なのに、その王宮に住むアーロンにこうしてわざわざ公爵邸まで迎えに来てもらうのは申し訳ない。だからいつも迎えは大丈夫だと言っているのに、礼儀正しいアーロンは必ず馬車で迎えに来てくれるのだ。
「いつも言っていますが、私が望んでしていることなので気にしないでください。こうしてルシンダと馬車でお喋りするのも楽しみの一つなんですから」
「そ、そうですか……?」
アーロンの嬉しそうな笑顔が眩しい。
「ええ。ルシンダと一緒にいるときが一番心が安らぎます。こうして綺麗に着飾ったルシンダを一晩エスコートできると思うと、さっきユージーン兄上に会った途端しかめ面されたのも許せる気持ちになってきました」
「えっ……お兄様がごめんなさい……」
「いえ、いつものことですから。まったく、ルシンダと兄妹になってもう何年も経つのに、溺愛ぶりが落ち着くどころか加速していますね」
たしかに、兄の過保護ぶりは家族も呆れるほどだ。
ルシンダは思わず苦笑いする。
「お兄様はいつまでも私を子供扱いするんです。私だってもう仕事もしている大人なのに」
「ああ、そういえば特務小隊の仕事はどうですか? 何か困っていることはありませんか?」
「困っていることは今のところありません。皆さん、実力があって尊敬できますし、親切でいい方ばかりなんですよ」
「それはよかったです。クリス先輩はどんな様子ですか?」
アーロンに尋ねられ、これまでの仕事ぶりを思い返す。
クリスが隊長となってからまだひと月も経っていないが、彼はやはり凄かった。まだ学生だったときも優秀で自慢の義兄だったが、離れている三年の間にクリスはさらに賢く有能で頼れる男性になっていた。
「クリス隊長は指示も的確ですし、アドバイスも細やかで、もう小隊のみんなから慕われています」
「仕事中に話したりするんですか?」
「そうですね、主に仕事の話ですけど」
ふと仕事終わりのことを思い出す。
いつもポンと頭を撫で、優しい眼差しで「また明日」と言ってくれるクリス。その度に、なぜか恥ずかしいような気持ちになってしまう。たぶん、クリスの成長した外見にまだ慣れないせいだと思うのだけれど。
「……アーロンのほうはどうですか?」
「私のほうは……特に変わりありませんよ」
にっこりと微笑むアーロンだったが、その笑顔に小さな違和感を覚えた。気になって聞いてみれば、最近、父親である国王の様子がおかしいという。
「でも、私の考えすぎかもしれません。せっかくの夜会の日に変なことを言ってすみませんでした。今の話は忘れて、今夜は楽しみましょう」
◇◇◇
夜会会場のホールに到着すると、なぜかルシンダよりも遅く出発したユージーンが先に着いていた。隣には今夜のパートナーを引き受けてくれたミアがいる。
「アーロン、さては馬車の速度を落とすよう御者に言ったな?」
「何のことでしょう? たまたま道が混んでいたせいだと思いますよ」
「お前……」
会うなり言い合いを始める二人はそのままに、ルシンダはミアに話しかける。
「ミア、お兄ちゃんの相手になってくれてありがとう」
「ま、こういう仕方ない付き合いも社会人にはよくあることだから」
そう言ってミアは肩をすくめるが、その装いを見てルシンダはこっそりと微笑む。
ユージーンの瞳の色と同じ深紅のドレスを着てきてくれたということは、少しは兄のことを意識してくれているのかもしれない。
「ふふっ、ダンス楽しんでね。お兄ちゃん、結構上手だから安心して」
「そ、それはよかったわ。ルシンダも楽しんで。また後でね!」
もうダンスの時間が始まるようで、アーロンとユージーンが迎えにきた。
アーロンの手を取り、踊り慣れた曲の調べに合わせてステップを踏む。アーロンもさすがのリードの上手さで、ホールの中を軽やかに移動していく。
ユージーンとミアも楽しく踊っているだろうかなんて考えていると、アーロンがおもむろに口を開いた。
「──ルシンダはそろそろ婚約を考えたりはしませんか?」
「えっ、婚約ですか!?」
まったく予想もしていなかった質問に、ルシンダはうっかりステップを間違えそうになった。
「はい、婚約です。年齢的にもおかしくないですから」
「たしかに、そうですね……。でも、今はまだ考えてないです。お父様とお兄様からも婚約のことはまだ気にしなくていいって言われていますし」
「まあ、叔父上と兄上ならそう言うでしょうね……。なんなら一生結婚しなくていいだとか言い出しそうです」
実際そう言われているので、曖昧に笑ってごまかす。
「それに、私も今は魔術師団のお仕事を頑張りたいですから。配属も変わったばかりですし」
ふとクリスの姿が頭に浮かんだ。
そういえば、クリスは夜会に参加していないのだろうか。
無意識に周囲に目をやる。
そんなルシンダを見つめながら、アーロンが寂しそうに微笑んだ。
「……そうですよね。ルシンダはあんなに張り切っていましたしね」
消え入りそうなアーロンの声に、ルシンダは戸惑ってしまう。
アーロンは魔術師団の仕事を応援してくれていたはずなのに、今はあまり歓迎されていないような気がする。アーロンは優しいから、任務で怪我をしないか心配してくれているのだろうか。
「もしかして、怪我の心配をしてくださってますか? 私は治癒の魔術も使えますから大丈夫ですよ。安心してください」
アーロンの心配を取り除こうとして言ったのだが、アーロンは切なげに首を振る。
「いえ、ルシンダの実力は知っていますから。そうではなくて、私が心配しているのは──」
何か言いかけられたところで、一曲目が終わってしまった。アーロンもルシンダの後ろを見て、言葉を紡ぐのをやめてしまう。
(アーロン? どうしたんだろう?)
誰かが近づいてくる足音がするし、ユージーンが来たのだろうか。
しかし、振り返った先に立っていたのは黒髪の兄ではなく、月光のように麗しい銀髪のあの人だった。
「──クリス?」