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猫とろ
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ねらち
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タタリが去ったあと、温泉宿にはようやく静かな時間が戻ってきた。
さっきまで山全体を覆っていた不気味な気配は消え、夜空には満天の星が広がっている。
黒髪をポニーテールにまとめた加賀美警部補は、長いため息をついた。
「……終わった、のでしょうか」
隣では、美少女探偵がへたり込んでいた。
「終わったと思いたいでごぜぇやす……」
「思いたい、じゃなくて、終わったんですよ」
加賀美がそう言った瞬間だった。
「……ニャ……」
二人の背後から、小さな声が聞こえた。
振り返ると、そこにはネコミミの少女が立っていた。
彼女の顔にはまだ恐怖が残っていた。
しかし、タタリに追われていたときとは違う。
今の彼女の目には、安心したような光が宿っていた。
「お姉ちゃん……」
「無事だったんですね」
加賀美が優しく声をかけると、ネコミミ少女はこくんとうなずいた。
「助けてくれて……ありがとニャー!」
少女は目に涙を浮かべながら、二人に駆け寄った。
「わわっ!」
美少女探偵が驚く。
「本当にありがとニャ……。怖かったけど、お姉ちゃんたちが来てくれたから……」
「もう大丈夫ですよ」
加賀美は少女を安心させるように声をかけた。
すると美少女探偵も、いつもの調子を取り戻した。
「そうでごぜぇやす! この自称美少女探偵が来たからには、もう安心でごぜぇやす!」
「……あなたは途中からずっと逃げていましたよね?」
「細かいことは気にしないでくだせぇ!」
「細かくありません」
加賀美は呆れた。
ネコミミ少女は、そんな二人のやり取りを見て、くすくすと笑った。
「お姉ちゃんたち、仲良しニャ」
「え?」
「どこがでごぜぇやすか?」
二人の声が同時に重なる。
「やっぱり仲良しニャ!」
「……」
「……」
二人は顔を見合わせた。
そして、ほぼ同時にため息をついた。
「まあ……否定はしませんけど」
「加賀美警部補、今のは聞き捨てならねぇでごぜぇやす!」
「どうしてですか?」
「いや、そこはもっと否定してくだせぇ!」
そんな騒がしい二人を見ながら、ネコミミ少女は嬉しそうに笑っていた。
しかし、三人ともタタリとの騒動ですっかり汚れてしまっている。
そこで宿の女将兼メイドさんにお願いして、もう一度温泉を使わせてもらうことになった。
ネコミミ美少女でメイド服を着た可愛らしい美少女であった。
ここで働くはずが少し遅れてやってきたらしい。
猫又美少女にかなり怒られたとしょげていた。
「こんな騒ぎのあとですから、ゆっくり温まってくださいね」
女将の言葉に、三人はありがたく温泉へ向かった。
もちろん今度は、先ほどのような怪異が起きないことを願いながら。
温泉の湯気が立ち込める脱衣所で、加賀美はふう、と息を吐いた。
「今日は本当にいろいろありましたね……」
「いろいろどころじゃねぇでごぜぇやす!」
美少女探偵が叫ぶ。
「タタリですよ、タタリ! 普通の旅行なら、こんなものは出てこねぇでごぜぇやす!」
「まあ、それはそうですね」
「加賀美警部補、冷静すぎやしませんか?」
「警察官ですから」
「警察官って、タタリが出ても平気なんでごぜぇやすか?」
「平気なわけではありません」
加賀美は苦笑した。
実際、彼女も恐怖を感じていた。
それでも、目の前で怯えている少女を守るためには、怖がっている場合ではなかった。
三人が温泉に入ると、冷え切っていた体が少しずつ温まっていく。
「はぁ……」
美少女探偵が湯船につかって、大きく息を吐いた。
「やっぱり温泉は最高でごぜぇやす……」
「さっきまで『もう温泉なんか二度と入らねぇ』って言ってませんでしたか?」
「それはそれ、これはこれでごぜぇやす!」
ネコミミ少女も楽しそうに湯につかっていた。
「温かいニャ……」
「怖いことはもう忘れましょう」
加賀美が言うと、少女はこくんとうなずいた。
「うんニャ」
三人は宿の備え付けの洗い場で、髪や体についた汚れをきれいに落とした。
「加賀美警部補、背中に葉っぱがついてるでごぜぇやす」
「本当ですか?」
「取ってあげるでごぜぇやす」
「ありがとうございます」
美少女探偵が葉っぱを取る。
すると今度はネコミミ少女が言った。
「お姉ちゃんの髪にも葉っぱがあるニャ」
「え?」
「ここニャ」
少女が指差す。
「……本当ですね」
「今日は山の中を走り回ったから、仕方ないでごぜぇやす」
「あなたは途中で転んでいましたけどね」
「言わないでくだせぇ!」
三人は顔を見合わせて笑った。
先ほどまでの恐怖が、少しずつ遠ざかっていく。
温泉を出るころには、三人ともすっかりきれいになっていた。
宿の人が新しい浴衣を用意してくれた。
「ありがとうございます」
加賀美が頭を下げる。
美少女探偵も新しい浴衣に着替えると、鏡を見ながら満足そうにうなずいた。
「やっぱり浴衣はいいでごぜぇやす!」
「こんな状況でもそこは気にするんですね」
「乙女のたしなみでごぜぇやす!」
「……そうですか」
ネコミミ少女も新しい浴衣を着ると、少し嬉しそうに自分の袖を見つめた。
「似合ってるニャ?」
「とても似合っていますよ」
「かわいいでごぜぇやす!」
二人から褒められて、少女は嬉しそうに笑った。
だが、夜が深くなるにつれて、少女の表情には再び不安が浮かび始めた。
「……お姉ちゃん」
「どうしました?」
「……一人で寝るの、ちょっと怖いニャ」
加賀美は少女の顔を見た。
無理もない。
今日は恐ろしい怪異に襲われたばかりなのだ。
「それなら、私たちと一緒に寝ますか?」
「いいニャ?」
「もちろんです」
「……仕方ねぇでごぜぇやす」
美少女探偵も頷いた。
「おいらも一緒に寝てやるでごぜぇやす」
「ありがとうございますニャ!」
こうして三人は同じ部屋で眠ることになった。
布団を並べる。
ネコミミ少女が真ん中。
右に加賀美。
左に美少女探偵。
「なんだか、本当の姉妹みたいですね」
加賀美が微笑む。
「姉妹……」
ネコミミ少女は嬉しそうにその言葉を繰り返した。
「じゃあ、今日はお姉ちゃんたちと一緒ニャ」
「そうですね」
「おいらまで姉扱いされてるでごぜぇやす……」
「嫌ですか?」
「……まあ、悪くねぇでごぜぇやす」
三人は布団の中で並んで横になった。
ネコミミ少女はまだ少し怖そうだったが、左右に二人がいることを確認すると、ようやく安心したように目を閉じた。
「おやすみニャ……」
「おやすみなさい」
「おやすみでごぜぇやす」
やがて、三人の寝息だけが部屋に響き始めた。
その夜は、もう怪異が現れることはなかった。
翌朝。
「おはようございます」
加賀美が目を覚ます。
「……ん?」
隣を見る。
ネコミミ少女はまだ眠っていた。
反対側では、美少女探偵が布団にくるまっている。
「起きてください」
「うーん……あと五分でごぜぇやす……」
「朝ごはんですよ」
「起きるでごぜぇやす!」
一瞬だった。
「……現金ですね」
三人は身支度を整え、朝食会場へ向かった。
そこには、ネコミミ少女の祖母である猫又の美少女が待っていた。
「おお、来たかい」
「おばあちゃん!」
ネコミミ少女が駆け寄る。
祖母は孫娘の姿を見ると、まず安心したように微笑んだ。
「無事だったようだね」
「うんニャ!」
しかし次の瞬間。
祖母の表情が厳しくなった。
「……ところで」
「はい?」
加賀美が姿勢を正す。
「タタリは止められなかったのかい!」
「……」
美少女探偵がそっと加賀美を見る。
加賀美は申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。タタリそのものを完全に止めることはできませんでした」
「そうかい……」
祖母は険しい顔をした。
「だが、孫娘は助けてくれたらしいね」
「はい」
「それなら……そこは礼を言わなければならないね」
猫又の祖母は、深々と頭を下げた。
「孫娘を助けてくれて、本当にありがとう」
「いえ、当然のことをしたまでです」
加賀美も頭を下げる。
「こちらこそ、タタリを完全に止められず申し訳ございません」
「顔を上げな」
祖母は静かに言った。
「誰にだって限界はあるさ。タタリはそう簡単に止められるものじゃない」
「……タタリとは、一体何者なんでごぜぇやすか?」
美少女探偵が尋ねた。
すると祖母は、しばらく黙り込んだ。
「タタリ……か」
その声には、長い年月を生きてきた者だけが持つ重みがあった。
「タタリはね、百年に一度、この土地に現れる怪人さ」
「百年に一度……」
「タタリが現れると、決まって災いが起こる」
祖母の話を聞いて、美少女探偵の顔がどんどん青ざめていく。
「そんな恐ろしいものが……」
「昔から、この村ではタタリを鎮めるための方法が伝えられている」
「方法?」
「ネコミミ巫女を生け贄にするのさ」
「……」
その言葉に、ネコミミ少女が固まった。
加賀美の表情も険しくなる。
「そんな方法は認められません」
「私もそう思っているよ」
祖母は孫娘を見る。
「だから、家族を犠牲にすることなんてできない」
「おばあちゃん……」
「ちょうどそこへ警察のお前さんが来た」
祖母は加賀美を見つめた。
「だから、タタリを止めてほしいと思ったのさ」
「わかりました」
加賀美は真剣な表情で頷いた。
「二度と、この子を犠牲にするようなことはさせません」
「頼もしいね」
祖母は微笑んだ。
ところが。
「……」
隣にいた美少女探偵の顔は、完全に青ざめていた。
「どうしました?」
加賀美が尋ねる。
「……おいら、帰りたいでごぜぇやす」
「今さらですか?」
「だって百年に一度の怪人って言ったじゃねぇですか!」
「落ち着いてください」
「無理でごぜぇやす!」
美少女探偵はガタガタ震え始めた。
そして突然、加賀美の腕にしがみついた。
「怖いでごぜぇやす!」
「ちょっと……」
「タタリに食われるでごぜぇやす!」
「食われるとは限りません」
「限らなくても怖いでごぜぇやす!」
加賀美は困った顔をする。
「そんなに怖がらなくても……」
「怖いものは怖いんでごぜぇやす!」
ネコミミ少女がその様子を見て、くすくす笑った。
「探偵のお姉ちゃん、怖がりニャ」
「笑わないでくだせぇ!」
祖母もそんな二人を見て、何か思いついたようだった。
「……そうだ」
「はい?」
祖母が美少女探偵を見る。
「そこの自称美少女探偵とやら」
「は、はいでごぜぇやす……?」
「お前さんを囮にして、タタリをおびき寄せるという手もあるね」
「……」
「……」
「…………え?」
美少女探偵の顔から血の気が引いた。
「いやいやいやいや!」
「どうせ自称美少女なんだろう?」
「そこは関係ねぇでごぜぇやす!」
「タタリも美少女なら興味を持つかもしれない」
「そんな理由で囮にしないでくだせぇ!」
加賀美は額に手を当てた。
「おばあさん、冗談ですよね?」
「もちろん冗談さ」
「ほっ……」
美少女探偵が胸をなで下ろす。
しかし祖母は続けた。
「……たぶんね」
「たぶんって何でごぜぇやすかー!」
朝食会場に、美少女探偵の悲鳴が響き渡った。
ネコミミ少女は楽しそうに笑っている。
加賀美も思わず笑ってしまった。
だが、その直後。
窓の外から――
カラン。
何かが鳴った。
三人の笑顔が止まる。
風もないのに、庭にある古びた鳥居の鈴が揺れている。
祖母の顔から笑みが消えた。
「……まさか」
「どうしました?」
加賀美が立ち上がる。
祖母は窓の外を見つめながら、低い声で言った。
「タタリが……また近くまで来ている」
「ええっ!?」
美少女探偵が叫ぶ。
「もう嫌でごぜぇやすー!」
ネコミミ少女は加賀美の後ろに隠れる。
加賀美は静かに立ち上がった。
「皆さん、落ち着いてください」
そして、窓の外を見つめる。
朝日が照らす山の向こう。
そこには、黒い影が立っていた。
影はじっとこちらを見ているようだった。
「……今度こそ、タタリの正体を突き止めます」
加賀美は決意を固めた。
その横で、美少女探偵が震えながら呟いた。
「おいら……もう帰ってもいいでごぜぇやすか?」
「ダメです」
「即答でごぜぇやすか!」
こうして。
黒髪ポニーテールの加賀美警部補。
無能力の迷惑美少女探偵。
そしてネコミミの少女。
三人による、タタリの正体を追う新たな捜査が始まろうとしていた。
果たして、百年に一度現れるという怪人タタリの正体とは。
そして、なぜネコミミ巫女が狙われるのか。
さらに――。
「……あの影、こっちに近づいてきてませんか?」
加賀美が呟く。
「見なかったことにするでごぜぇやす!」
「探偵なんだから見てください」
「無能力だから無理でごぜぇやす!」
ネコミミ少女が二人の袖をぎゅっとつかんだ。
「お姉ちゃん……怖いニャ」
加賀美は少女の頭を優しく撫でた。
「大丈夫です」
美少女探偵も、震えながら頷いた。
「そうでごぜぇやす……おいらが……たぶん守ってやるでごぜぇやす」
「たぶん?」
「絶対とは言えねぇでごぜぇやす!」
三人は顔を見合わせた。
そして――。
黒い影が、ゆっくりとこちらへ歩き始めた。
タタリとの戦いは、まだ終わっていなかった。
むしろ、本当の事件は。
これから始まろうとしていた。
コメント
1件
うわあ、第69話、めっちゃ面白かったです…! 温泉でほっこりした後の、祖母の「囮にしようか」って冗談(?)に思わず笑っちゃいました。でも最後の鳥居の鈴と黒い影で一気に不穏な空気に戻る感じ、めちゃくちゃ引き込まれました。猫又少女の「仲良しニャ」で照れる二人が可愛くて、本当に姉妹みたいだなあってほっこり。美少女探偵の「絶対とは言えねぇ」は名言すぎます(笑)。続きが気になって仕方ないです…!