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#子育て
都築七美
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都築七美
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第10話、読み終わりました。このエピソード、設定と感情が徹底的に噛み合っててすごく好きです。圭人が“逆転世界”で里奈の痛みを身体で知ったからこそ、「今更?」「忘れられない」と言われても謝り続ける――この構造が無駄なく効いてる。里奈の「簡単には信じられない」というバランスもリアルで、ブランケットを掛け合うシーンにじわじわきました。最後、店主が次への伏線を仕込む演出も巧いです。次のcaseも期待してます。
「――っ!」
圭人は、はっと目を覚ました。
見慣れた寝室。
恐る恐る身体を動かしてみる。あれほど苦しんだ傷の痛みは、どこにもない。
(戻ってきた……)
リビングへ向かうと、ベビーベッドでは桜が小さな寝息を立てていた。
「……桜」
そっと小さな手に触れる。
(こんなに小さい命を、里奈はずっと一人で守ってたんだ)
ソファでは、里奈が座ったまま眠っていた。
乱れた髪。強張った肩。テーブルには飲みかけのマグカップと哺乳瓶が残っている。
(俺は毎日これを見てたのに……何も見えてなかった)
圭人は静かにブランケットを掛けた。
その気配に、里奈が目を覚ます。
「……圭人?」
「おはよう」
里奈は眠そうに目をこすり、真っ先に桜の様子を確認した。
「……里奈。少しだけ、話せる?」
*
圭人は里奈の前に座り、深く頭を下げた。
「ごめん」
「……え?」
「今まで……本当に、ごめん」
「……急にどうしたの?」
「俺、何も分かってなかった」
圭人は膝の上で拳を握った。
「妊娠中も、出産も、産後も。母親なんだから当たり前だって、そのくらいみんな乗り越えてるって……ずっと、そんなふうに思ってた」
言葉にするほど、自分がどれほど残酷だったのか思い知らされる。
「本当は、一番支えてほしかったときだったのに。俺は何もしなかった。何もしないどころか、里奈を傷つけることばっかり言ってた」
返事はない。
「ごめん。本当に……ごめん」
長い沈黙のあと、里奈がゆっくり息を吐いた。
「……今更?」
その一言が、深く突き刺さった。
「……うん」
言い訳などできなかった。
今更だ。それでも、謝らずにはいられなかった。
「私ね、ずっとつらかった」
里奈の声が震えた。
「出産して、一番身体がボロボロだったときも。圭人は『ゆっくり休んでね』って言うだけで、全然手伝ってくれなかった」
圭人の脳裏に、あの世界の里奈が蘇る。
――病院なんだから安心でしょ?
痛みに耐えながら桜を抱き、閉じた病室の扉を見つめていた自分。
「夜なんて、私は二時間おきに起きてた。それなのに圭人は、朝になったら『昨日六時間しか寝てない』って平気で言ってたよね」
「……うん」
「抱っこで腱鞘炎になったときもそう。少し代わっただけで、『やっぱり里奈の方が慣れてる』ってすぐ返してきた」
――圭人の方が上手なんだよ。
あの言葉を向けられたときの絶望を、今でも覚えている。
「私が昼間、少し寝てるときだって……『家にいられていいね』『寝られていいね』って笑ってた」
圭人は顔を覆った。
里奈が口にする一つ一つが、逆転した世界で自分が味わった苦しみと重なっていく。
(俺は……こんなことを、ずっと里奈にしてたんだ)
「産後クライシスのことだって、理解しようともしてくれなかった」
里奈の目から、涙がこぼれた。
「『子ども産んでから変わった』って言われたとき……本当に悲しかった」
「……ごめん」
「変わったんじゃないよ」
里奈は涙を拭った。
「変わらざるを得なかっただけなのに」
その言葉に、圭人は何も返せなかった。
あの世界で自分が耐えられなかった日々を、里奈は現実でずっと生きていたのだ。
「……全部、その通りだよ。俺が間違ってた」
圭人はもう一度、頭を下げた。
「もう二度と、里奈一人に背負わせない。父親として、夫として……今度こそ、ちゃんと隣に立つ」
里奈は涙を拭いながら、圭人を見つめた。
「……産後の恨みは一生って言うの、知ってる?」
「……うん」
「私も、きっと忘れられない」
圭人は黙って頷いた。
「どうせ今だけなんじゃないかって思ってる。だから……簡単には信じられない」
「うん」
「でも」
里奈は一度、言葉を切った。
「私も、まだ圭人と家族でいたい」
圭人の目が揺れる。
「だから……これからの行動で、信じさせてよ」
「……うん」
涙が溢れた。
「分かった。ありがとう、里奈」
そのとき、ベビーベッドから小さな泣き声が聞こえた。
圭人は迷わず立ち上がり、桜を抱き上げる。
「よしよし。起きたか」
腕に伝わる、小さな身体の重み。
(この重さを――俺は、ようやく理解した)
*
それから圭人は、言葉ではなく行動を重ねた。
朝、桜が泣けば先に起きる。
オムツを替え、ミルクを飲ませ、慣れないながらも朝食を作る。
「里奈はもう少し寝てて」
「……圭人が?」
「うん。まだ全然自信ないけど、やってみる」
買い物へ行けば、荷物は自分が持った。
里奈が身体を庇うように歩いていることにも、今なら気づける。
「それ、俺が持つ」
「これくらい大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない。里奈は身体を治すことだけ考えて」
驚いたように圭人を見たあと、里奈は小さく笑った。
「……ありがと」
*
ある夕方。
夕食を作りながら、圭人は嬉しそうに振り返った。
「今日さ、桜がお腹こちょこちょしたら笑ったんだよ」
「え、ほんと?」
「声出して。俺も初めて見た」
「ずるい。私も見たかった」
「あ、動画撮ればよかったな」
圭人は笑った。
「次は一緒に見よう」
里奈は一瞬目を見開き、それから少しだけ笑った。
「……うん」
そんな何気ない言葉を、里奈はずっと待っていた。
*
深夜、ベビーベッドから桜の泣き声が聞こえた。
里奈が反射的に身体を起こそうとするより早く、圭人が立ち上がる。
「今日は俺が行く」
「でも……」
「少しでも寝てて」
桜を抱き上げ、ゆっくり身体を揺らす。
「いっぱい泣いていいぞ。泣くのも桜の仕事だもんな」
その背中を、里奈は布団の中から静かに見つめていた。
*
翌朝。
里奈がリビングへ行くと、ソファで圭人が眠っていた。
その腕の中には、安心しきった顔で眠る桜がいる。
里奈は二人を起こさないよう、そっとブランケットを掛けた。
その気配に、圭人が目を開ける。
「……ごめん。寝ちゃってた」
「ううん」
里奈は首を横に振った。
「ありがとう」
少し迷ってから、圭人の隣へ座る。
そして、その手に自分の手を重ねた。
「……信じてみる」
「え?」
「これからの圭人を」
圭人は目を見開き、それからゆっくり微笑んだ。
「ありがとう。もう同じ思いはさせない」
重ねられた手を、そっと握り返す。
「約束する」
傷つけた過去は、なかったことにはできない。
里奈の痛みも、消すことはできない。
だからこそ、忘れない。
そのとき、桜が小さく笑った。
二人は同時に娘を見て、自然と顔を見合わせる。
まだ少しぎこちない。
けれどそこには、確かに三人の家族の笑顔があった。
(これからは――三人で守っていく)
*
高層ビルの屋上で、店主は夜の街の灯りを見下ろしていた。
手元のスマートフォンには、結果が表示されている。
《Reプログラム》
《Case3:終了》
《理解度:100%》
《価値観の更新:完了》
『……おめでとうございます』
店主は静かに目を細めた。
『ようやく、本当の意味で“父親”になれましたね』
指先で画面を滑らせる。
《対象者:検索中》
《適合者:1件》
『人は不思議です。自分の痛みには敏感なのに、他人の痛みにはとても鈍い』
やがて、新たな対象者が画面に映し出された。
《理解不足:検出》
《Case4:準備完了》
『……見つかりました』
一通のメールが作成されていく。
件名:《あなたの人生、少しだけ交換してみませんか?》
『安心してください。これは罰ではありません』
店主の指先が、《送信》に触れた。
『大切な人を失わないための――たった一度の、やり直しです』
一筋の光が夜の街へ飛んでいく。
『さあ――次の物語を始めましょう』
――Case4『じゃあ、あなたが大黒柱になってみて』