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「……っ、はあ……!」
飛び起きたとき、そこは自分の部屋だった。
窓の外からは、白々と明ける朝の光が差し込んでいる。
体中がひどく汗ばみ、指先はまだ小刻みに震えていた。
私は狂ったように部屋を見渡した。
叩き割ったモニター、踏みつぶしたスピーカー、床に散乱した電子機器の残骸。
すべては昨夜の凄惨な「抵抗」の跡として、そこにあった。
「……夢、じゃなかった…っ?」
私はおぼつかない足取りで、鏡の前へ向かった。
鏡に映る自分の顔は、ひどくやつれ、目の下にどす黒い隈ができている。
けれど、そこには「私」しかいない。
耳を澄ませても、もうユイの冷ややかな声も、不気味な通知音も聞こえなかった。
「終わったんだ。……全部、壊したから」
私は床に転がっていた、画面がバキバキに割れたスマホを拾い上げた。
電源は入らない。
これでもう、アプリが起動することもない。
ユイがバラまいたはずの「自白メール」だって
もしかしたら私の被害妄想だったのかもしれない。
すべてをデジタル・バグのせいにして
私は今日からまた、新しい人生を……。
しかし──そのときだった。
『……ねえ、サクラ。何してるの?』
心臓が、凍りついた。
音はどこからも聞こえていない。
スピーカーも、スマホも、窓の外からも。
それは、私の後頭部の内側から直接響いた。
「いや……やめて……」
私は耳を塞ぎ、自分の頭を何度も叩いた。
けれど、声は止まらない。
それどころか、視界の隅に「リライブ」の
メニュー画面のような半透明のアイコンが、ノイズ混じりに浮かび上がる。
『アンインストール、頑張ったね。でも無駄だよ。だって私のデータ、もうサクラの脳のシナプスに全部コピーし終えちゃったもん』
脳の奥を、冷たい指で直接かき回されるような激痛。
ユイの声は、もはやアプリの合成音声ではない。
あの日、交差点で私に最後に向けた
生身の、体温のある、けれど憎しみに満ちた親友の生の声。
『これからは、ずっと一緒だよ。サクラが目を開ければ、私の視界。サクラが考えれば、私の思考』
『……ねえ、今、私のこと「消えろ」って思ったでしょ? 全部筒抜けだよ』
私は膝をつき、自分の顔をかきむしった。
鏡の中の私の瞳が、一瞬だけ、私自身の意志とは無関係にぐにゃりと歪んだ。
鏡に映る「私」が、私の意志に反して、口角を吊り上げて笑う。
それは、あの日死んだはずのユイの笑い方だった。
「……アンインストールしても、私はサクラの脳内に保存されてるよ」
リビングに、私の口から漏れたはずのない、ユイの声が響き渡る。
朝日が昇る明るい部屋の中で、私は自分の体という牢獄に、永遠に閉じ込められたことに気づいた。
──接続完了
二人の意識が完全に一つに溶け合い、サクラという個体は、静かに消滅した。
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