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#夢
凪川 彩絵
「今週末、時間あるか?」
その一言は、あまりにも自然に、いつもと同じ調子で口にされた。
夜。
部署異動があって以来、帰りが遅くなりがちな晴永へ夕飯を提供し終わり、二人キッチンへ並んで片づけをしていたときのことだった。
皿の上で水が弾ける音に紛れて、最初は聞き間違いかと思ったほどだ。
「……え?」
思わず手を止めて振り返ると、晴永は皿を拭く手を止めないまま、続けた。こちらをみようとしないけれど、声は真剣だった。
「週末。土曜か日曜、どっちか空けて欲しいんだ」
言い直されて、ようやく理解が追いつく。
「あ……はい、どっちでも大丈夫です」
少しだけ間が空いたのが、自分でも分かった。
(晴永さんの方が忙しいのに)
晴永は部署異動してからというもの、帰りは遅くなったし、休日に呼び出されることも増えた。
それに比べれば、自分の予定なんて、ほとんど空いているようなものだ。
そんな彼からの打診に、驚いてしまったと言ったら――。
晴永はどんな顔をするだろう。
ぐるぐると考える瑠璃香を晴永は特に気にした様子もなく、「そうか」とだけ返す。その口元が一瞬だけ笑みの形に緩んで見えた気がして、瑠璃香はドキッとする。
皿を拭く晴永の左手で、自分のものとペアになったリングがきらりと光った。
「じゃあ、早い方がいいな。――土曜、一緒に出かけるか」
あまりにもあっさりとした言い方だった。
それなのに――。
胸の奥が、じんわりと熱を帯びていく。
出かける。
二人で。
休日に。
――ああ、これって。
(……デート、だよね)
「どこか行きたいところ、あるか?」
「えっ、あの……」
急に聞かれて、うまく答えが出てこない。
頭の中がふわふわして、まともに考えられなくなる。
「特にないなら、こっちで決めて構わないか?」
「あ、はい……お願いします」
結局、そう答えるので精いっぱいだった。
晴永は小さく頷くと、手元の皿を拭きながら続ける。
「じゃあ、動物園にするか」
「……え?」
「ふれあいできるところがあるらしい。小さいのが多いやつ」
小さいの、という言い方に、瑠璃香の頭の中でいくつかの動物が浮かぶ。
「ハムスターとか、モルモットとか、その辺り」
その言葉に、思わず目を見開いた。
――シオンモールの、P’sライフ。
自分から行きたいと言った場所だ。
だから覚えていないはずがない。
けれど――。
あのときの自分を思い出して、ふっと頬が熱くなる。
ハムスターのケージの前に張り付いて、ほかの動物にはほとんど目もくれなかった。
(……あのときの私、見られてたんだ……)
なんだか急に気恥ずかしくなって、視線を逸らす。
「……なまこのときの、覚えてて言ってます?」
「まぁな」
あっさりと返されて、言葉に詰まる。
まるで特別なことでもないみたいな顔で、当然のことを言うように……。
その態度が、かえって胸の奥をくすぐって照れ臭い。
ソワソワと視線をさまよわせたら、泡だらけのスポンジを手にしたままだった。これ幸いと、照れを誤魔化すみたいに新たな皿を手に取ってこする。
「さっき調べてみたらな、モルモットの子どもがお披露目になったばっからしい」
何気なく付け足された言葉に、瑠璃香は思わず息を呑んだ。
瑠璃香の答え次第では、提案すらできなかったかもしれない動物園なのに――。
コメント
1件
はるながさんは本当瑠璃香ちゃんのこと、よく見てるよね♥ 愛だ!😚