この作品はいかがでしたか?
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しばらくそのままイザナさんと他愛のない話をしているとピンポーンという甲高い機械音が耳に入ってきた。きっとこの音はインターホンだ。
『…誰か、来るんですか?』
状況を理解するかの様にゆっくりと呟く。
困惑、恐怖、緊張、色々な感情が重なり合い、嵐の様に襲ってくる。
警察?もしかして親?
頭の中で様々な考えが目まぐるしく巡る。ヒヤリとした嫌な汗が背筋をつたる。
「大丈夫」
私の不安を読み取ったのかイザナさんは一段と甘くなった声でそう言い、私の頭を撫でた。
「行くぞ」
恐る恐る差し伸べられたイザナさんの手を握る。握った彼の手は酷く心強く、少しだけ心が落ち着きを取り戻す。
あぁいよいよ外に出るんだ。心臓がいつもよりもずっと速い速度で脈を刻んでいる。
ドクドクと鳴り響く心臓の音に紛れてガチャリと扉の回る音が聞こえてきた。
イザナさんが私を逃がさないようにと手を掴む手に力を込める。圧迫されるような腕の苦しさと痛さに顔を顰めたその瞬間、いきなり冷たい空気がふわりと私とイザナさんの身体を包み込んだ。
『わっ…』
この匂い……外……外だ。
久しぶりの外の世界の空気はあの部屋よりずっと冷たく、新鮮で、息がしやすかった。
まだ夜なのか道の端にぴったりと寄り添うようにたっている街灯が眩しい光を放っていた。
真っ暗な部屋で何週間、何ヶ月も過ごしていた私にとってその細かな光は毒で、あまりの眩しさにすぐに目を瞑る。じーん、と染みるような痛みが眼球全体に広がる。
「…○○?大丈夫か?」
心配を滲ませたイザナさんの声にハッとして目を開く。目はもう光に慣れたのか今度は痛みを感じず、まっすぐ前を見つめられる。人間というのは適応性の高い生き物らしい。
『大丈夫で…………』
“大丈夫です”そう言おうとした私の言葉が途中で失う。“とあるもの”に目が釘付けになる。
ところどころに茶色い錆がひっついた古びた看板や針金が巻き付けられている電柱の陰から誰かがこちらを覗いているのが視界に映る。
イザナさんとお揃いの赤い服を着ている大柄な男性。左右で色が違う珍しい瞳が驚いたように見開かれ私を捉える。
誰だ?
私がそう口を開くよりも先に、あの謎の男性が言葉を放った。
「…アンタが○○…ちゃん?」
確認するかのように問われ、戸惑いながらも小さく頷く。
この人がさっきインターホンを鳴らした人なのだろうか。緊張で体が強張り、無意識にイザナさんの手を掴む力を強める。
「大丈夫。コイツは“鶴蝶”。オレの下僕」
『げぼく……?』
「げぼく」という聞き慣れない単語が頭の中でなかなか漢字変換されない。とにかく敵ではないと判断すればいいのだろうか。
困惑する頭を必死に働かせ分かったという風にイザナさんに向けて再度小さく頷いた。
「…その子も連れていくのか?」
視線で私の方を指し、そうイザナさんに問いかける“鶴蝶”さん。左右色の違う瞳に引き続き名前も珍しいんだな、と私より何倍も背の高い鶴蝶さんを見上げる。
「あぁ。手ェ出したらオマエら全員殺すから」
その途端、身体が電気がかかったようにビリビリと震える。周りの空気が激しく歪む。
自分に向かれているわけでは無いのに、イザナさんの言葉と瞳にゾワリと背筋が凍るのが分かった。
私に逃げるなと念押しした時よりもずっと濃い威圧感が肌を突き刺す。
「…分かった。」
この威圧感はきっと彼にも伝わったのだろう。突っかかる言葉を無理やり繋げ、冷汗を流しながら鶴蝶さんはそう言葉を返した。
「車は向こうに停めてある。」
『…車?』
鶴蝶さんの視線の先を追うと、ここから少し離れた場所に夜空によく似た黒塗りの車が1台、隠れるように停められていた。黒い貝殻のように光る自動車の窓に反射した自分と目が合う。
…久しぶりに見たかもしれない、自分の顔。
自然とツーと線を引くように自分の頬に繋がれていないもう片方の手を滑らせる。
今までずっとイザナさんの顔しか見てなかったから自分の顔が酷く懐かしく感じた。あの曖昧な懐かしいとは少し違う、変な感じ。
「行こうか、○○。」
ふいにかけられたその言葉と共にぐいっと腕を軽く引っ張られ、勝手に足が前に進む。
その瞬間、東京へ行くんだという実感が今さらになって湧き上がってくる。
『…はい』
自然と好奇心やら何やらで胸が躍るように高鳴る心を誤魔化すように小さく頭を振り、しっかりとした足取りで地面を踏み進んだ。
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