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第10話:ナンバーワンなんて、いらない
> 「あなたは、“世界一期待されていない人間”に認定されました。」
あの通知が届いた日から、ミナの旅は始まった。
それから数ヶ月。
ナンバーワン社会は、少しずつ変わり始めていた。
巨大広告からは“称号”が消え、
“ランキングに縛られない生き方”という言葉が広まり、
世界ナンバーワン者一覧サイトはアクセス不能となった。
それでも、変わらない人々もいた。
ランキングを再構築しようとする者。
新たな“ナンバーワン”を作り出す企業。
称号を失って混乱する者たち。
ミナは、そんな揺れ続ける社会を見つめながら、静かに歩いていた。
あの日出会った人々は――
カシワは警備会社を立ち上げ、暴力を使わず人を守る技術を教えていた。
黒いスーツ姿で立つその背は、静かに誇りをまとっている。
ヨルネはカウンセラーになった。
「私なんか」の口癖は消えないが、その言葉が誰かの背中を押すようになっていた。
髪を短く切り、スーツを着こなす姿は堂々としていた。
ハルは配信者に。
「他人の声で構成された演説」で注目を集め、誰かの代弁者として新しい声を響かせていた。
髪を金に染め、サングラス越しに鋭い視線を持つ。
カナエは町内の見守り役になった。
昔と変わらぬ茶色のカーディガン姿で、夕方の公園に佇んでいる。
ユガミは政界を去り、今は地方の小さな図書館で司書をしていた。
メガネ越しに優しい声をかける彼に、嘘はなかった。
ユウマは福祉支援の仕事に就いていた。
「頼ってくるやつばっかだ」とぼやきながらも、誰よりも早く手を伸ばしていた。
スズカは絵を描いていた。
過去に囚われた日々を塗りつぶすように、“今”の光をキャンバスに描いていた。
ナナミは、普通に恋をした。
誰の恋人でもない相手に、自分の名前を名乗って。
ヒダカは休職中。
それでも「また戻ってくる」と笑うその顔には、医者としての覚悟がにじんでいた。
そして、ミナ。
あいかわらず真っ赤なジャケットとスニーカー。
荷物は軽く、スマホには通知もない。
誰にも称号は与えられていない。
けれど、SNSには今日も彼女の書き込みが流れる。
> 「ナンバーワンなんて、いらない。
“ちょっとだけマシな誰か”として、生きていけたら、それでいいんだ。」
その夜、世界中の端末から、静かに“ナンバーワン通知”が消えた。
無音のまま、ログがひとつ、閉じられた。
でもその空白を、人々は埋めようとはしなかった。
ただ――自分の名前で、生きていた。
END