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児のそら寝
翌日。朝から竜一と隼に向かって頭を下げる咲茉。
『本当に…ごめんなさい!自分から一緒に試験勉強しようとか誘っておいて眠りかぶって、挙げ句の果てにはベッドまで連れてってもらうなんて…』
「いいんだよ、結城さん。疲れてる中一緒に勉強してくれて、俺たちだって分からないとこちゃんと理解できて助かったんだから。ね、狼谷?」
「ああ。気にすんな」
『うう…』
申し訳なさそうに眉を下げる咲茉の頭を、竜一がぽんぽん、と軽く撫でた。
朝食を済ませ、虎太郎も一緒に学校へ向かう。保育ルームに顔を出すと、既に連れて来られていた鷹が嬉しそうに隼に飛びついた。それを迷惑そうに引き剥がす隼。
子どもたちを兎田(と助っ人の犀川)に任せて、高校生組は教室に向かう。次に子どもたちに会えるのは放課後だ。…と言っても、試験期間中は午前中までで学校が終わるので昼には迎えに行けるのだけれど。
「それじゃ、結城さんまた後でね」
『うん!テスト頑張ろうね』
手を振りながらB組に入っていく咲茉を見送ってから、竜一と隼も自分のクラスに入る。
この日の試験科目は現代文、日本史、英語、数学。
「では、…始め!」
裏になっていた解答用紙を表に返し、問題文を捲る。
カツカツカツカツ…
カリカリカリカリ…
シャープペンシルが紙を通して机にぶつかる音が静かな教室に響く。
キーンコーンカーンコーン
「はい、終了。最後に名前書いてるか確認して、後ろの席から集めて」
1日目が終わった。竜一と隼は咲茉と合流して保育ルームに向かう。
『テストどうだった?』
「まあまあ解けたって感じだな」
「俺も思ってたよりは。あ、でも、昨日の夜青のペンで書いて覚えた英単語とか日本史の人物とか、しっかり頭に残ってて書けたよ」
「ああ、それは俺もだ。ちゃんと効果あったな」
『よかった!私は数学があと少し時間足りなくなっちゃった。他は全部解いたけど』
テストの感想を言いながら歩いてるうちに保育ルームに着いた。
「兎田さん、犀川さん、お世話になってます」
「あ、竜ちゃん隼エマちゃんお疲れ〜」
「皆様お疲れ様でごさいます。それでは、竜一様方にバトンタッチして、私は理事長室に戻ります」
「『犀川さん、ありがとうございました!』」
大人たちの声を聞いて、子どもたちも集まってきた。
「りゅうー!かみたー!」
「エマおねえちゃま!」
「にちゃ!」
「あばーっ!」
「おねえちゃ…」
「あにぎ!」
みんなが一斉に3人にくっつく。
「おーおー。よかったねえ、お前ら」
「おれおなかへったー!」
「きりんもおなかしゅきまちた!」
『みんな待っててくれたんだね。ありがとう!そしたら、一緒にお昼ごはん食べよう』
それぞれが弁当をテーブルに広げる。
「あにき!あーんして!」
ここ数日家に兄がいなかった鷹が甘えてくる。
「あ?赤ん坊じゃねえんだから自分で食え」
隼は通常運転だ。
「ほら、鷹。あーん」
兎田が鷹の弁当箱からつまみ出した玉子焼きを口に放り込む。
「うしゃいだじゃねえぇぇぇ!!あにぎじゃなぎゃやだもぉぉぉお!!」
大号泣の鷹。
「うるせえよ」
ごちーん
「びゃあぁぁぁあぁ!!!」
最早見慣れた光景だ。
「狼谷…。鷹くん寂しかったんだよ。1回くらいあーんしてあげろよ」
苦笑いしながら竜一が鷹の鼻水と涙を拭いてやる。
「はあ……」
あからさまに溜め息をついて、隼は鷹の弁当箱からハンバーグをつまみ出した。
「おら、鷹。口開けろ」
「!…うん!」
ぱっと笑顔になった鷹が大きく口を開ける。隼は素早くハンバーグを離し、代わりにブロッコリーを放り込んだ。
「✻▽☆△%∆&@#…!」
あーんしてもらったのはよかったものの、口の中に入っているのは鷹の苦手なブロッコリー。すぐさま口から出そうとしたけれど、途轍もない眼力の兄に睨まれ、とうとう口に含んだブロッコリーを飲み込んだ。
「にいぢゃのあほおおぉぉ!!おでがごごっとりーぎらいなのじっでるぐじぇに!」
「好き嫌いすんじゃねえ。食えたんだからよかっただろうが」
泣いて怒る弟を適当にあしらいながら、隼は自分の弁当を食べている。
『鷹くん。嫌いなブロッコリー食べられて偉かったね!これでヒーローに一歩近付いたよ!』
一部始終を見ていた咲茉が笑顔で鷹に話し掛けた。
「ほんどか?おでひーろーにちがづいた?」
『うん!』
「えへへっ」
鷹はすっかりご機嫌だ。隼は自分なら面倒くさくて無視するところを、ちゃんと褒めて機嫌を直させてやる咲茉に感心していた。
昼食を食べ終えて、子どもたちはお昼寝の時間だ。ついでに兎田も美鳥の隣でしれっと寝ている。高校生3人は保育ルーム内で試験勉強。とりあえず明日の教科を復習する。
食べた後は眠たくなる。竜一と隼が欠伸をして、それが咲茉にも伝染った。
「俺も少し寝るわ」
そう言って、早々に睡魔との戦いを放棄した隼が机に突っ伏し、すぐに寝息を立て始めた。
『この際私たちもちょっと仮眠しない?眠いの我慢して勉強しても頭に入らないし』
「そうだね。そうしようか。結城さんはみんなのところで横にならなくていい?」
『うん、大丈夫。どこまでも転がっていきそうだもん』
「あははっ、そっか。じゃあ、30分後くらいにアラームセットしようか」
竜一がスマホを取り出そうとするのを咲茉が止めた。
『いいよ。ちょうど机に出してるから私がアラームかけるね』
「ありがとう」
30分後にアラームをセットし、竜一と咲茉も机に伏せた。
子どもたちの寝息、兎田の鼾、隼と咲茉の寝息を聞きながら、竜一もゆっくりと意識を手放した。
『もの申しさぶらはむ』
『驚かせたまへ』
遠い意識の向こうでわけの分からない言葉が聞こえると同時にそっと肩を叩かれるのを感じて、少しずつ現実に戻ってくる竜一と隼。
「…ん……」
「……あ……?」
『もの申しさぶらはむ。驚かせたまへ』
今度ははっきり聞こえた。咲茉の声だ。
「……何に驚きゃいいんだ…?」
まだ半分寝ぼけながら、竜一より先に隼が机から顔を上げた。そこには自分が思っていたより近くにあった咲茉の顔。深い海のような青い瞳と目が合う。
「!?」
弾かれたように身体を起こす隼。一気に覚醒した。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……
心臓が早鐘を打つ。
『あっ、ごめんね狼谷くん。ほんとに驚かせちゃったね』
「…………」
自分は今どんな顔をしているのだろうか。赤くなっていないといいけれど。
「…うーん……」
竜一もまだ眠そうな顔をして起き上がった。
『あ、鹿島くんもおはよう』
「おはよう…。あれ?アラーム鳴ったかな?」
『ううん。鳴る前に止めたの。アラームより先に目が覚めたから。みんなも起こしちゃうかなと思って』
「そっか…」
竜一が目を擦る。時計を見ると仮眠をとって30分と少し経っていた。
『コーヒーか何か淹れてこようか?』
「あ、そうだね。お願いしようかな」
「悪いな」
『いいよー』
咲茉がベビーゲートの向こうのキッチンへ消えていき、数分後 、コーヒーの入ったマグカップを3つお盆に乗せて戻ってきた。
『はい、お待たせ』
「ありがとう」
「さんきゅ」
隼はブラックで、竜一は角砂糖を1つ、咲茉は角砂糖を3つにミルクも入れて飲む。
「……砂糖入れ過ぎじゃね?」
『お子ちゃまだからね』
開き直る咲茉に竜一がふふっと笑った。
「…そういえば結城さん、さっき俺たちを起こす時に何て言ってたの?」
『ああ、あれね。“もの申しさぶらはむ”、“驚かせたまへ”って言ったよ』
「何の暗号だそりゃ。呪いの呪文か?」
「狼谷…。でもなんか、聞いたことあるような…」
『授業で習ってる筈だよ』
そう言って咲茉が取り出したのは、古文の教科書。“児(ちご)のそら寝”と書かれたページが開かれた。現代語訳をメモした咲茉のノートも。
『もの申しさぶらはむ、は“もしもし”、驚かせたまへ、は“起きてくださいませ”って意味になるの。ちょうどテスト範囲だから2人を起こす時に使ってみた 』
「あー、なんか言われてみればそんな呪文聞いたような気がするな」
「古文とか漢文とか難しいよね」
教科書を見ながら隼と竜一も習ったことを少し思い出した。
『難しいけど、意味が分かると面白いよ。兎田さんを起こす時に使ってみる?』
「……んなもん要らねえよ」
教科書と咲茉のノートを眺めていた隼が顔を上げる。
「これ、目上の相手に対して遣う丁寧な言葉だろ。しかもここではガキ相手に。兎田になんか敬語遣わなくていいだろ。“おい、起きろ”で充分だ」
一瞬の間があり、竜一と咲茉が笑い出した。
「狼谷らしいね」
『うん』
コーヒーを飲みながらそのまま古文の試験範囲を復習する3人。
おやつの時間が近づいてきたので兎田と子どもたちを起こす。その際、竜一が“もの申しさぶらはむ”と“驚かせたまへ”を使ってみた。子どもたちは当然ぽかんとしていたが、この学校の卒業生でもある兎田は少し考えて、「えい」と言って起きてきたのだった。
森ノ宮邸に帰ってから、今日も3人で試験勉強だ。この日は咲茉が途中でうたた寝することなく、日付が変わるまでしっかり勉強ができた。
そして次の日の教科は世界史、古文、化学、保健体育。昨日3人で勉強した“児のそら寝”についての問題や他の教科の、青ペンで復習した問題もあり、心の中でガッツポーズをとった竜一と隼だった。
つづく
ちろりーぬ
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なーさん。です
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コメント
1件
ああ、この回めっちゃ好きだわ。咲茉が古文の「もの申しさぶらはむ」で起こすところ、完全にツボった。隼が一瞬ドキッとしてる感じとか、あとでクールに「兎田には敬語いらねえ」って言い放つのも彼らしくて最高。 鷹へのあーんシーンもブロッコリー仕込む隼と、咲茉が「ヒーローに一歩近付いた!」ってフォローする流れが絶妙だった。テスト勉強と育児の両立、それぞれのキャラの距離感がじわじわ良くなってるのが伝わってくるわ。次も楽しみにしてる🔥