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テラーノベル(Teller Novel)
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『それは、少女が憧れた力だ』


抗う。それは、この上なく苦しいものだ。まるで、呪いのように私を蝕むのだ。まるで、遅延性の毒のように私を麻痺させるのだ。それでも、ただそれが苦しくても、抗った先でしか、見れない景色がある。それを夢に見て、私は抗う。例え、人殺しでも。例え、人間以下でも。


「さて、ここでひとつ質問をしよう。蒼音、君は人間が好き?嫌い?」


……は?何言ってんだこの子。好きか嫌いか?そんなの決まってる。


「……別に、好きでも嫌いでもない」

「嘘だね」


……え?


「嘘だ。蒼音はきっと誰よりも人間が好きで嫌いだ。人間にも、いい人と悪い人がいることくらい分かっているはずだ。そうじゃなかったら人生を謳歌していたはずだ。…憎みきれなかったんだよ、君は、人間という存在を。君は人間が好きで嫌いで、人を殺す度に思ったはずだ。”あ、あの家は優しそうだ”と何度も、何度も思ったはずだ」


なに、言ってるの。この人。違う。そんなことない。そうだったら、という名の妄想だ。私にそんな考えは無い。


「何度も殺して、好きになって嫌いになって。そうやって段々、殺す度に自分に人間以下の烙印を押した。そして、その度に思っていたはずだ。君は、誰よりも”人間様”に憧れていた。……違う、なんて言わせないよ」


……違う、と言えなかった。ただ、純粋に怖かった。この人が何を言っているのか、それは自分では無い誰かなのではないか、分からない、故の、未知への、どうしようもない、不安が、ただ怖い。


「人を殺した、故に人間以下。何度も自分に言い聞かせたはずだ。君は、自分を人間だと思ってしまう人間性が嫌いだった。だから、人間の長所をまず捨てた。君の思考は、自分に忠実なようで一切そんなことは無い。君は常日頃から”これは私の考えることじゃない”と自分の考えることすら取捨選択した。それは、誰よりも人間以下でありたかったから。自分は人間以下だと、思い込んでしまいたかったから」


なんて、この人に思考が読まれている感覚がするんだろう。全て筒抜けなような気がする。何を考えても、無駄なような。


「さて、君に少しだけ、アシッド教の事を教えてあげる」


なんで急にそんなことを?私を殺すんじゃ無かったの?なんで、どうして?


「アシッド教とは、純粋たる状態で無へと帰ることが目的の宗教だ。私達は今、何故生きていると思う?アシッド教の教祖は、この質問にこう答えた。”この魂に刻まれた罪を、償う為に生きているのだ”と。そうでもしないと何故こんなに苦しんで生きているのかまるで分からない、と。例え輪廻転生があるとしても、何故苦しんで生きなければならない?それが選択制だとするのなら、何故私達はそれを選んだ?教祖は、その答えを全て苦しむ為だと言った。罪、と言っても色々あるだろうね。かつて人間は神の怒りを買って死という人生の制限を設けられたと聞く。それが人間の罪なのかもしれない。もしかしたらそれは、個人によるものかもしれない。まぁそんなことはどうでもいいのだけど。もし、自分の罪を自覚して償い方が分からないというのなら、アシッド教が助けましょう。罪を背負う同士と苦しんで、死んで、また苦しんでのどうしようもない輪廻転生を繰り返して、初めて、私達は許されるのです。それが、アシッド教の教え。それが、教祖の教えとされている」


……アシッド教、教祖居たんだ…。それにしても、やはりぶっ飛んでる。宗教なんてそんなものなのか?信じた者勝ち?…まぁ信念なんて人それぞれか。人の数だけ、信念はある。その中で、1番自分が納得した宗教に入るのが1番いいんだろうな。…いやそもそも普通の人は宗教入らないのか……?


「さて、ここまで話して結局何が言いたいのかって話なんだけどね、君は世界に愛されていたって話なんだよ。じゃなかったら、君はその名前を貰えなかったはずだ。その名前は、世界にとって大切なものだから。そして、君の思考。それは、アシッド教の教えによく似ていると思わない?君は家族を殺され、家族の願いである生きて欲しいという願いすら踏みにじった、と。許されないと思っているはずだ。君は世界に愛された。でも、それは一時的な物に過ぎない。スポットライトが当たっている時は、君が主役だ。でも、ライトが消えれば君はただの一般人に過ぎない。殺人鬼の、ね?」


少女が椅子から立ち上がる。そして、ゆっくりと、こちらに近づく。

私はただ、恐怖で動けなかった。


「本当ならもっと簡単に殺せたんだよ。”女帝”も”皇帝”も”力”も”女教皇”も、私の命令で君を殺さないようにしていたんだよ。私が君を殺したかったから。主役は一般人になった。君はよく生きたよ。あの世で家族に会えるといいね」


言葉の意味を理解するより先に、全身の血が止まった感覚がした。動けない。横に、倒れる。そして、消えていく。

それが、殺人鬼蒼音の呆気ない最期だった。



目の前で倒れる少女だった物。今となってはただの肉塊だ。後で燃やそう。


「ねぇ、本当に良かったの?」


そう聞いてくるのは”愚者”だった。相も変わらず素っ気なく、そこが結構好みだ。


「今更じゃないの?」


そう言って私を庇うのは”世界”だった。まぁ、私と言うよりどちらかというと”愚者”を慰めたかっただけなのかもだけと。


「そうっすね〜。今更感は強いっすね」


そう言ってくるのは”太陽”だった。既にお面を外しておりその目がよく見える。左目が緑、右目がオレンジのオッドアイ、そして左目に十字が刻まれいる。とても、綺麗だ。


「まぁ、強そうだったから興味はあったけどね」


そう言って好戦的な態度を示したのは”吊し人”だった。こちらもお面を外しており、左目が緑、右目がオレンジのオッドアイ、そして右目に十字が刻まれている。とてもじゃないが好戦的には見えない見た目だ。それくらい幼げのある顔をしている。


「それは俺もですね〜」


同じく好戦的な態度を示すのは”魔術師”だった。こちらは多分、”吊し人”の影響だなと苦笑いしてしまう。


「でも戦ったら面倒ですよ、多分。俺が人間じゃないって言うのも多分バレてましたし」


そう言って警戒心を高めるのは”力”だった。今日は妻が居ないけど置いてきたのかな…と少し心配だ。暴れられたら困る。


「そうですね…。それは私も賛成です」


思いがけない所から声が上がって少し驚いた。声の先には”女帝”の文字があった。そして、隣で頷く”皇帝”。そんなに警戒しなくても…と思わず思ってしまう。


「警戒に越したことはない、でしょう?まぁ、今は関係ないことかしら?」


ほのぼのとした雰囲気を纏ってそう話したのは”恋人”だった。誰よりも仲間を信じているからこそ雰囲気が嫌いなのかもしれない。


「わたくしも賛成です。今はもう終わった事として認識すべきでは?」


そうして”恋人”に共感したのは”月”だった。現実をよく見ている彼女らしい発言だった。


「ボクも賛成。早く帰りたいし」


思っていた通りの所から声が出てきた。そこには”星”がつまらなそうな顔をして座っていた。


「まぁ、ワタシはどっちでもいいけどな。会ってない他人だ」


そう冷たく聞こえる発言をしたのは”塔”だった。冷たく聞こえるようで、本当にどうでもいいとしか思っていないだけだと私達は知っている。


「んふふ〜。でも結構面白い子だったね。私はああいう子好きだよ〜?」


そうふわふわとした雰囲気でえげつない事を言っているのは”法王”だった。さっきまでここに居た子がどれほど警戒すべき子だったのかという話をしていたのに”法王”だけは楽しそうに話していた。ここが彼女の怖いところである。


「ああいう子は暗殺部隊向きでは無いな。まぁ、面白い子だなとは思ったけどな」


そう言って意外な反応をしたのは”隠者”だった。いつもは好戦的では無いのに…。そんなに面白い子という印象を受けたらしい。


「……私も、楽しそうだなとは思いましたけど。言わなかっただけで……」


そう言ってみんなの視線を集めたのは”戦車”だった。みんなめっちゃ引いてる。無論、私もだけど。


「ぼくは……ちょっと……。うん……」

「同感……。僕も嫌……」


そう言って青い顔をしているのは”節制”の2人だった。結構強いはずなのに、その力がそんなに好きでは無いらしい。と言うよりも、力が嫌いというより戦闘が苦手って感じなのかな?


「……ですよね。俺も同感です」


そう言って頷いているのは”正義”だった。視線の先にいるのは氷の棺に入った”審判”で、他の人から見たら会話していないように見えるだろうなと思って、少し笑った。


「俺も……なんとなく戦いたくないですね。相手が悪いような気がします」


思ってもみない声が聞こえて驚いた。そこには、”悪魔”が座っていた。”悪魔”は結構強くて好戦的だなと思っていたので意外だった。


「さて、この後はどうしますか?調停者様」


そう、私に話を振ったのは”女教皇”だった。いつも、この子は私に話を降ってくれてとても助かる。でも、いつも回答しなくてもこっちの意図を汲んでくれる。


「……それじゃ、いつも通りで」


そう言うと、みんな解散していく。それぞれが、それぞれの立場に戻る。

あの子は、確かに殺さないといけなかった。それを、私は初めから知っていた。

誰よりも世界が人間に憧れたから。

誰よりも少女が人間に憧れたから。

誰よりも世界が人間を憎んでいるから。

誰よりも少女が人間を憎んでいるから。

誰よりも世界が人間を呪っているから。

誰よりも少女が人間に呪われているから。

誰よりも世界は世界が嫌いだから。

誰よりも少女は少女が嫌いだから。

誰よりも世界は少女を大事にしているから。

誰よりも少女は世界を信じているから。


故に、私はここに居る。

誰よりも、人間様に憧れて。

こんなに人間にボロボロにされたのに。

それでも、人間様になりたくて。

それが、なんとも言えない皮肉だ。

人間に愛されるには、人間様になるしかないのだ。

そう、きっとこの世界の誰よりも。

私が、人間様に憧れている。



(※この物語はフィクションです。実際の大陸、人物には一切関係ありません。)

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