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※早朝――浅い眠りにいた幸人は、聞き覚えの有る音で目が覚めた。
地を這うように、唸りながら近付いて来る重低音。
この独特な排気音は自分もよく知る、そう――薊が乗るローライダーのもの。
「……ん?」
それともう一つ。音は一台からでは無い。これはフォーカム独特の――スポーツスターか。
ソファーで寝ていた幸人は(ベッドは悠莉と琉月とジュウベエに取られていた)外へと出ると、予想通り二台のハーレーに各々跨がった、薊と時雨の姿があった。
「おっ、ようやく起きやがったか。何時まで寝てやがんだよ。こちとら一睡もしてないってのによ」
アイドリング状態でバイクに跨がったままの時雨が、幸人を一目見るなり毒づいた。
「……いいからエンジンを切れ。近所迷惑だ」
それを無視して幸人は、速やかにそう促す。只でさえ騒音級なハーレーの排気音は、アイドリングでも相当なもの。更に早朝という事もあって、このままでは近所から苦情が来かねない。
「あ? 何悠長な事言ってんだ?」
「いいから切れ。幸人の言う通りだ」
「俺に指図すんなテメーら!」
逆切れまでする勝手な時雨とは違い、薊は既にエンジンを切っていた。恐らく到着したと同時に。
「あ~! バイクだ~」
「そうですよ時雨さん。ここは良識を持って」
遅れて悠莉と琉月が外に出てくる。彼女達も排気音で目が覚めたのだろう。
「は~い琉月ちゃん、おはよん」
頑なに切るのを渋っていた時雨は、琉月に諭されるとエンジンを切った、あっさりと。
“何て調子良い奴だ……”
薊も幸人も思う事は一緒。時雨のその変わり身の早さに、分かっていながらも呆れを通り越して、溜め息しか出なかった。
「さあ、何時までも此所に居ないで朝食にしましょう」
決戦の時まで、まだ時間が有る。琉月は皆にそう促す。まるで如月家の家政婦のようだ。
「戦闘前に鋭気を養うのも重要な事です。どうせ二人共、何も食べずに走っていたのでしょう?」
ものの見事に図星だった。指摘された二人は目を泳がせる。
「そうなんだよ琉月ちゃん。“お義兄さん”がどうしてもって……。もう腹減っちゃってさ」
「そうなんですか?」
「…………」
「…………っく」
何という時雨のお調子者振りだろうか。薊と幸人は、噴き出しそうになるのを堪える。『お義兄さん』とは絶対に呼ばないと言った矢先にこれだ。
それはともかく、琉月の提案には一理有る。激化するであろう戦闘を前に、補給は充分でなくてはならない。
「ルヅキ~、ボク和食がいい」
「はいはい。朝食はやはり、和食が一番ですものね」
悠莉と琉月は、仲良く家の中へ入っていった。恐らく二人で作るのだろう。
「行くか」
残された三人も後を追う。
「ちょ……おまっ。まさかと思うが、琉月ちゃんに手を出したりとかしてねぇよな?」
途中、時雨が幸人に肩掛けしながら耳打ちする。
「……はぁ? な訳有るか。あの二人は一緒に寝て、俺は茅の外だ」
幸人は心外にも程があると思った。全く、この男は何処をどう見れば、そんな思考に辿り着くのか。
「そ、そうだよな……。まあ琉月ちゃんは当然として、いくらお前でもそこまで鬼畜じゃないよなぁ、ははは」
「…………」
闘いの前だというのに、時雨のこの気楽さと、相も変わらずの失礼さ。
幸人はぶん殴りたい衝動に駆られたが、ここは堪えた。
この男は確かに馬鹿でお調子者だが、如何なる時でも乱れないその図太さは、見習いたくはないが参考にせねばと思ったからだ。
「おう飯だ飯。早く行くぞ」
それでもこの男とは、一生仲良く出来そうもないが。
「ったく……」
幸人は少し、気が晴れた気もしていた。
※朝食後――幸人は車庫へ行き、眠っていたモノを引っ張り出して来た。
「久々だな……」
幸人が押して来たモノを見て、一番に感慨深く呟くのは薊だ。
「わぁ~大きいね~。ボク、一度乗ってみたかったんだ~」
「オレは苦手だな……」
悠莉も興味津々。何時もは車ばかりなので、逆に新鮮に映ったのだろう。ジュウベエは過去に嫌な目にでもあったのか、難色を示して溜め息を吐いていたが。
幸人が押して来たのは予想通り、薊と時雨のと同じハーレーだった。
折角なので目的地まで、バイクで赴こうという話になった訳だ。
幸人の乗る『ハーレー・ダビッドソン、ダイナFXDBストリート・ボブ』。薊が乗るローライダーと同じダイナシリーズで、ツインカム1,584ccの排気量を持つ、巨大な体躯の正に鉄の馬だった。
「けっ、気取りやがって」
一服しながら毒づく時雨。同じハーレーでも違うファミリーのそれは、単に排気量コンプレックスというよりは嫌いなだけだろう。
それにしても、見事な造形美の車体だった。所々に本人のセンスが光るカスタムは、思わず魅入ってしまう程の。
車体カラーはオリジナルペイントなのだろう。タンクからフロント、リアに至るまで銀一色キャンディカラーのシルバーフレークで彩られ、ラメまで入っていた。
幸人は電気系統が生きているのを確認。暫く乗っていなかったとはいえ、定期的な暖気は欠かさなかったので、バッテリーがあがっている事は無かった。
インジェクション型式なので、セル一発でスムーズに起動する。その瞬間、迫力のある鼓動が唸りを上げてエンジンが目を覚ました。
バンス&ハインズ製の二本出しマフラーから醸し出される、独特有る重圧な排気音が心地好い――のは乗ってる本人のみで、やはり充分な騒音の近所迷惑。
「行くぞ」
幸人は一刻も早く、出発するべきだと思った。
時雨と薊もエンジンを掛ける。やはりというか、ハーレー三台の重複排気音は相当なものだ。
「琉月ちゃんはこっちね~」
跨がったまま時雨が、メットを差し出しながら琉月を御指名。嬉しそうに手招きをしていた。
「こっちって……これ、シングルシートじゃありませんか」
琉月は呆れたように言う。
そうなのだ。時雨の乗るスポーツスターは、どう見てもシングルシートの一人乗り。二人乗るスペース等無い。
「大丈夫。詰めれば乗れるから」
そういう問題ではない気が。これだと殆ど密着状態にしかならない。
時雨の見得透いた下心をかわしながら、琉月は他の二台に目を向ける。
「きゃは、ひろ~い」
「頼むからとばすなよ! オレはこの振動が苦手なんだ」
幸人の後ろには当然のように、既に悠莉とジュウベエが居座っていた。
それは構わないとしても、刀をサイドバッグへ無造作に突っ込むのはどうか。推定数億以上の価値がある国宝を――という問題ではなく、こんな所を停められたら銃刀法違反、凶器準備集合罪に引っ掛かる。
――と心配も過ったが、それは愚問だった。法が我々に介入する術は無い。琉月は吹っ切りながら、もう一台へ。
兄、薊のハーレーは――やはりというか、当然シングルシート。如何に兄妹同士とはいえ、流石にくっついてタンデムはどうかと。子供ではあるまいし。
「琉月ちゃん、早く~」
迷っていると、時雨が催促してきた。
「まあ……いいんじゃないか? アイツなりの配慮なんだろうよ」
薊がまるで笑いでも堪えているかのように、妹を時雨の下へと促した。
「早くしろ。近辺が騒ぎだす」
幸人としては、誰が誰の後ろとかどうでもいい。ただ一刻も早く、此処を離れたかった。
「はいはい……」
観念したように溜め息を吐きながら、琉月は時雨の後ろへと。
「危ないから、しっかり掴まっててよ」
危ないのはどっちなんだかと思ったが、それは敢えて口に出さない事に。
「あ、安全運転でお願いしますよ?」
思いとは裏腹に、しっかりと時雨に身体を預ける琉月。多分、バイクが怖いのだろうその言動から。
「大丈夫。琉月ちゃんを危険な目には遭わせないよ、俺は絶対に」
それは軽いながらも重みが感じられた。ただ単に運転の事を言っているのではない。
それは決意だった。これからの。
「馬鹿……」
そんな時雨の想いを感じられたからこそ、琉月は身体から力を抜いた。
――広い背中だった。背丈では他二人に及ばない時雨だが、琉月にはそれ以上に大きく感じられたものだ。
この闘いが終わったら、自分ももう少し素直になれるかもしれない――
「行くぞ」
「ああ」
「出発しんこ~」
感傷に浸っている暇は無い。今はまだ目先の問題が先決だ。
「よっしゃ、行くぜ野郎共!」
そして三台のバイクは、轟音を発てながら“時雨を先頭に”走り去っていった。