テラーノベル
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※無名の灯番外編という短編?も公開です。見ていただけたら幸いです。
昼休みの教室。
誰もが何気ない顔で笑い、誰もが“見ていないふり”を続けている空間で、蓮司は静かに仕掛けを進めていた。
「ねえ、あいつら、また一緒にいたらしいよ」
誰が最初に言い出したのかはわからない。
でもそれは、自然な“噂”として、廊下から教室、LINEのグループチャット、そして空気そのものに染み込んでいった。
「なんかさ、あのふたり、実はやってんじゃない?」
「どっちが誘ったんだろ。てか、どっちが上なん?」
──蓮司は、何も言わなかった。
ただ、隣の席で何気なく聞いているような素振りを見せるだけで、口元には飄々とした笑みが浮かんでいた。
「てかさ、あいつら、どっちも気持ち悪くない?」
「なんかさ、加害されてるようでいて、実は“楽しんでる”って感じ?」
女子のひとりがそう言ったとき、蓮司はふと黒板に向かって、チョークを拾った。
──書いたのは、たったひと言。
《共犯者》
誰もそれを消さなかった。
誰も止めなかった。
むしろ、何人かの生徒がその下に新たな言葉を付け足していった。
《共犯者》
└ 正義マンと奴隷くん
└ お似合いカップル
└ 隠れヤリ部屋=図書室(笑)
蓮司は、書き終えた生徒の背中に軽く手を置いた。
「センス、あるね」
それだけを囁いて、ゆっくりと背伸びをするように振り返る。
「なんかもう、“どっちが悪い”とかじゃなくね? ふたりとも、そういう関係なんでしょ?」
その言葉は、決して怒鳴り声じゃなかった。
むしろ、何気ない、昼下がりの雑談のように響いた。
──でもその直後、遥が教室に入ってきたとき、
空気は確かに、ひとつ──色を変えていた。
誰も指差さない。
誰も声を上げない。
ただ、“見ていた”。
その視線だけが、遥の背に刺さる。
痛みと熱と嘲りをまぜこぜにしたような、その沈黙の視線が。
遥は、黒板の文字を見ないふりをした。
でも、睫毛が震えていた。
日下部は、まだ来ていなかった。
──ふたりはもう、「守る側と守られる側」ではなく。
「ふたりで、壊してる」ものとして仕立てられようとしていた。
そして蓮司は、それを見ながら、
窓際の机でゆっくりと缶コーヒーの蓋を開けた。
「ね、簡単でしょ?」
沙耶香のいない空間で、それでもまるで“誰か”に語るように、
蓮司は呟いた。
「人間って、“責任”って言葉に一番弱いんだよ」
──ふたりは、もう“共犯”にされた。
何も知らないまま。
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