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教室には、もう三人しかいなかった。遥、日下部、そして蓮司。


黒板には、まだ落書きが残っている。


『H♡K 共犯者』




消される気配もなく、陽の落ちかけた窓からそれが浮かび上がっている。


蓮司はその前に立って、無邪気な顔で振り返る。


「いいじゃん、これ。わかりやすくて。記号って便利だよね。誰が誰を好きかとか、誰が誰に縋ってるかとか、さ」


日下部が口を開きかけるが、遥が先に動いた。

椅子の脚を引きながら、声を出す。


「……そういうの、飽きないんだな」


蓮司の目が、ふっと細くなる。


「へえ。喋るんだ。めずらしいじゃん」


遥は机に肘をつき、頬杖をつくようにして黒板を見上げた。


「べつに……ただの記号だろ。誰かが安心するための、都合のいい物語」


蓮司は静かに笑った。


「ふーん。じゃあ、おまえがその“都合のいい物語”に、黙って乗ってるのはなんで?」


遥は答えない。


蓮司は一歩、遥に近づいた。


「ねえ遥。おまえって本当は、全部わかってるんでしょ? 誰が何を言いたいのか、どう見せれば“加害者”に仕立てられるのか。そういうの」


沈黙の中で、遥が一瞬だけ笑った。

ひどく小さく、ひどく冷たい笑みだった。


「……わかってるよ。わかってるから、黙ってる」


「それって、正しいってこと?」


「ちがう。……ただ、面倒くさくないだけ」


その言葉に、蓮司の表情がわずかに崩れた。

にやりと、笑みを深くする。


「そういうとこ、好きだわ。おまえ、ちゃんと見えてるから、壊しがいある」


その一言で、教室の空気が、また少し冷えた。


日下部は思わず遥の顔を見たが、遥はもう無表情に戻っていた。


「……帰ろうぜ」


日下部がぼそりと言った。


遥は立ち上がりながら、最後にもう一度蓮司の方を見た。


「……そうやって、楽しんでるだけでいいなら、いいよな。お前は」


蓮司は肩をすくめて、軽やかに言った。


「いいでしょ? “物語”ってさ、ちゃんと役者が揃ってると、ほんと美しいんだよ」


遥は答えず、そのまま日下部の背を追って教室を出ていく。


蓮司だけが、その場に残ったまま、黒板の落書きを見上げていた。


「……さあ、次はどっちが裏切るかな」


ぽつりとつぶやいて、彼は指先で「♡」の部分だけ、そっと消した。



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