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お互いを支え合うパートナーがいるというのは、社会の大海原を一緒に航海する唯一無二の味方を得るようなものだ。
そうなるかどうかわからないけど、それが亮介だったら、本当にいいなと未央は思った。
そうだ、いったい何を落ち込む必要があるんだろう。私は亮介の彼女なんだから、怖いものなんか何もない!!
いつもおばあちゃんが言ってた。悪いと思っている出来事にだって、なにかきっといいと思えることがある。
その出来事を悪いと思う自分がいるだけなんだって。
考え方、視点を変えて、いつもニコニコ穏やかでやさしい自分でいなさいって。
この状況を、楽しめなくてどうする?
坂畑さんとのことも、どっかにいいことがあるはず。それを探してみよう。
……ないかもしれないけど。知世は、わざわざ未央のレッスンを狙って申し込んで、ちょっとしたトラブルを起こすようになった。
私語で説明を邪魔したり、わざと手順を間違えたりして、レッスンの進行を妨げるのだ。
なぜそこまでするのだろう?
私が亮介と付き合っているのがそんなに気に入らないんだろうか。
ただの嫉妬? 八つ当たり?
未央には、その理由がよくわからなかった。
──きょうはひどく疲れた。
知世にレッスンを引っ掻き回されて、他の生徒さんにも迷惑をかけてしまった。チーフがヘルプに入ってくれたから助かったけど、このままじゃ良くないな。
かといって突っぱねるのも難しい。
未央は知世への対応を考えあぐねていた。
このままいけば、どこかで知世が爆発して、ケンカを売ってくるだろう。売られたケンカを買うなんて、そんなことしたこともない。
もし亮介のことを、何か言うようだったら、黙ってはいられないかもしれない。
夕方仕事を終えると、亮介の顔を見て帰りたくてmuseに寄った。きょうは仕事のあと会議があるから遅くなるそうだ。夜は会えないから、少しだけでも顔を見て元気をもらいたかった。
「未央、夕方くるなんて珍しいね!」
亮介はいつもと同じ笑顔で迎えてくれた。ああ、この笑顔が好き。ほわほわと温かい気持ちになる。この笑顔を見ただけで充電完了! いつものようにカフェラテを注文して、砂糖を多めに入れた。
テーブルスタンドに立って飲み始める。疲れた体に甘い飲み物がしみ渡った。
ここのカフェラテって本当に美味しい。
「あれ? 篠田先生?」
未央は後ろから声をかけられてドキッとした。そこにはニコニコした知世が、アイスティーらしきものを持って立っていた。ああ、今から始めるつもりだな──
思ったより早い相手との決戦に思わずたじろぐ。知世の隠しきれない殺気が、未央の手をカタカタと震えさせた。
……よし、やってやろうじゃないか!! さあ、どんとこい!! 亮介の彼女は私なんだから!! ここはmuse、相手も場所も不足はない!
「知世さん、きょうはおつかれさまでした。レッスンのからあげの味、どうでしたか?」
未央は知世の出方を待った。
「ええ、おいしかったわ。先生、ご一緒してもいい?」
「どうぞ」
カフェラテはまだ半分残っている。ヤバくなったらすぐ帰ろう。逃げる勇気も必要だ。それに無用な戦いに労力を割きたくない。
「篠田先生、亮介と付き合ってどのくらい?」
おーい、ご本人前にして、恋愛トークはじめる? これはマウント取って鼻へし折るつもりかな? だいたいそんな折るほど高い鼻持ってません。
亮介と私じゃ、釣り合わないのは認めるけど。未央はふーっと、力を抜いて知世と話し始めた。
「まだ付き合って、1ヶ月ちょっとです」
「いちばん楽しい時ね。それで、もうセックスはしたの?」
待っていきなり?
「あの……それをきいてどうするんですか?」
「私ね、亮介がキャラクターになってしゃべるのがいやで別れたの、だって気持ち悪いでしょ? セックスも幼稚だし」
気持ち悪いは言い過ぎじゃない? あの面白さがあなたにはわからなかったんですね。イケメンで色白のとっつあんは秀逸でしたけど?
それにセックスも幼稚ってのはどういうこと? あれが幼稚なんですか? 知世さんと付き合った頃はまだ……そんなにその……テクニック的なのは知らなかったってことかな?
未央はいろいろ気になってしかたなかったが、とりあえず話を進めた。
「私は楽しんでますけどね。キャラクターになって話す亮介も好きです」
すっかり力が抜けてきた。
未央がニコニコ笑顔で話すので、知世は余計にいらだっているようだ。
「あれが好きなんて変わってるわね。まあ変わりもの同士で、お似合いなのは分かったわ」
もう、何を言われてもあまり響かない。なんだ、この人は僻んでるだけだ。
「知世さん、ほめていただいて、ありがとうございます。私じゃ釣り合わないと思ってましたので、お似合いだと言われてうれしいです。……お話はそれだけですか」
「なによ!? イケメン御曹司と付き合って、マウント取ったつもり?」
「いえ、そんなつもりはありません。私は亮介と一緒にいることがうれしくてたまらない。ただそれだけです」
「お金目当てなんでしょう!?」
「確かに、お金はあるにこしたことありません。でもたとえ亮介が無一文になっても、一緒に喜びあったり、苦しみを分け合っていけたらいいなと思ってます」
未央は淡々と話す自分を、客観的に感じとって驚いていた。
こんな風に、人に思いをぶつけられる自分がいたのかと、新たな発見だった。
亮介と付き合うようになって、ずいぶん変わったように思う。